ゾロ | ナノ


からかっているつもり…?

狼狽するゾロから漏れる本音に、心底傷心していたイオナ。しかし、彼の放ったその言葉にピクリと反応した。

それは何度繰り返しても学習しない悪い癖により、過剰に脚色されて彼女の脳髄に流れ込む。

からかってるつもり。

ゾロは私が『自分をからかっている』と思ってる?いや、思っていた。

からかわれて嫌な時。
それは自分が本気でいる時。

彼の言葉の続きを聞くこともせず、音声をシャットアウトして妄想に近い推測を立ち上げる。

つまりゾロは、私のことを本気で想っているから、たからきっと、きっと─。

彼女にとって都合よく解釈されてしまった、勢いで放たれた短い言葉。

言葉というのは放つ側だけが操るわけではない。受けとる側が自己判断で意味をすり替えることも可能。

もはやイオナはその達人。

そんな彼女にとって─

本来どうして彼から逃げていたのかも、何を隠そうとしていたのかも、どうして隠そうとしていたのかも。

─今ではどうでもいいことだと思えた。

なぜなら、ゾロは取り乱すほどまっすぐに自分を好いていてくれてるのだから。

そして、自分と同じように立場を考え、それなりに悩んでいてくれたようなのだから。

「─話があるなら、ちゃんと筋を通せ!俺だって冷静でいられなくなるだろうが。」

ゾロの言葉が終わると同時、彼女の推測も答えを導きだしていた。

「ご、ご、ごめんなさい!私、私、ゾロの気持ちも知らないで─。」

イオナは突然謝罪を始めた。彼女の表情はどこか恍惚で、妙に艶っぽい。

おいおいおいおい、コイツまた勘違いしてねぇか。

謝罪するにしては、どこか淫靡な色を匂わす彼女に思わず眉を潜めるゾロ。

彼はすでに冷静さを取り戻していた。

だからこそ考える。彼女のその表情をエロかわいいと思ってしまったのは、もう一人の自分のせいだろう。と。

どうやらコイツは、どこか客観的で年相応に勢力旺盛ようだ。

自分よりも遥かにゲスな発想を行う、もう一人の自分をまるで別人のように客観視する。

それが現実逃避であることを理解しながらも、彼は沸き上がる正反対の感情の"都合のいい方"を本来の自分の感情だと思うことにしたのだ。

そして、もう一方の勢力旺盛な自分は悪い煩悩だと考え、理性で押し殺す。

きっと先程イオナの下着をもろに目撃し脳髄にその姿を焼き付けてしまったために、封印が解けて顔を出してしまったんだ。

そんな分析まで付け加えながら。

もともとそこまで下半身事情がヤンチャでないゾロからすれば、女性を目の前にしてここまで悶々とすることはなかった。

だからこそ、それが自分自身の感情であると受け入れることができない。別のなにかな気がしてならない。

そんな彼の心の葛藤もしらず、勘違い娘は勘違いを上塗りしつづけ─

「私、もっとがんばるから!」

ほれきた。
完璧に勘違いしてやがる。

─いつものゾロを呆れさせ、

つっーか、谷間エロいな。

─煩悩の塊を刺激する。

「もっともっとゾロのために私、私頑張るから!」

顎の下辺りで拳をつくり、熱心に言葉を紡ぐ彼女。その両腕がムニュリと自身の胸を両端から押し上げており─ランジェリーによって形成されていた谷間が余計に際立っている。

その表情といい、谷間といい、それを見るのがどんな自制心の強い青年であっても、魅力的であることにはかわりない。

特に覚醒したゾロにとっては、目の保養でありながら、目の毒。

「いいから落ち着け!」

このままでは"いけない自分"が欲望に忠実なままに顔を出してしまうと、彼は顔ごとイオナから目を背けた。

「ご、ごめんなさい。」

そのゾロの態度は、思い込みを真実だと思い込む彼女の目に間違って映り込む。

ゾロが照れてる…。
さすがのゾロでも、やっぱりこういうシチュエーションは恥ずかしいのか。

うぅ、なんて良好なイメージ。
もうっ。ゾロってばピュアボーイじゃん。

ほんの数十分前までは、"身体目的だったのね!"などと疑っておきながら、ここまで瞬時に気持ちを切り替えられるのは恋の魔物のせいか。

「ゾロ、あの…」

「なんだよ。」

イオナは改まった様子で、正座していた足をほぐすように腰を浮かしながら、言葉を紡ごうとする。そんな彼女の方にゾロは視線だけを向けた。

どうせまだ勘違いしてんだろ。
俺を変態ゲス野郎だとか思ってんだろ。

その上で頑張るとか言えるお前のが大概変態だしな。つっーか嬉しそうな顔しやがって。

(やべぇ、けっこうエロい。脱いでるより、着てる方が、違うな。脱いでる状態を知ってるからこそ想像力が…)

うっせぇな!お前なんだよ!俺のなんなんだよ!俺の頭の中で喋るな!

などと、胸中では酷い悪態をつきながら。

「ゾロ、あの。私、わたし…」

言葉を紡ぐ彼女の身体がクラリと揺れる。

それはなんとなく予測できていた事態だった。気がつけなかったのは、煩悩との会話を繰り広げていたせいだろうか。

ゾロはとっさに思う。

ここで彼女を受け止めれば、なにかが起こる、いや、とんでも事件が起こってしまうだろう。と。

だからこそ、回避の姿勢をとろうとあぐらを崩そうと…

「きゃッ!」「うぶッ。」

崩しそびれた足同士が絡まり、ゾロの背中を鉄の床に叩きつけるかのように倒れ込む。

同時に、足が痺れていることに動転して、無理矢理立ち上がろうとしていたイオナの身体がふわりと前方へと倒れこみ─


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