ゾロ | ナノ


30分後…

夜更けと言うほど遅い時間ではないにしろ、慕う相手に予想外の場所で、予想外の姿をしている姿を目撃されてしまえば、─はたまた、予想外の姿を目撃してしまえば─狼狽するのは当然だろう。

「ギャーッ!」

「うるせぇ!てめぇ、こんな時間になんでこんなとこに─っ!?」

ゾロは言葉をつぐみ、反射的に彼女から目を反らす。

悲鳴をあげたイオナは驚きに耐えきれずへたりこみ、派手に晒された白い肌を隠そうともしない。

「いいか、黙って聞け。」

「へ?」

「ふ、ふ、服を着ろ。今すぐに!全部隠せ!今すぐに服を着ろ!」

決して、大事なことなので二回言いました。ではない。ゾロは動揺しきっているのだ。

それに対して、彼女は胸元のみを腕で隠し首を傾げる。

「え?で、でも…」

「でもも、だってもなしだ!いますぐに、ちゃんと、ちゃんと肌を隠しやがれ!」

「─…っ!わかった。」

このタイミングで何故かなにかを察した様子のイオナが、衣服を身に付け始めたのを布擦れの音で理解したゾロはこめかみを押さえながらその場にあぐらをかいた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

時を15分ほど遡る。

さすがに女部屋で透け透けランジェリーを身に付けてみる訳にもいかず、イオナは人気のない展望室で試着していた。

想像した通り、室内の明るさのおかげで、ちょうどいい具合に窓ガラスに全身が映り込む。

「あ、案外、イケる…」

透け透けランジェリーは予想以上に、しっかりと重要な部分を包み隠してくれていた。

そのフリルのボリューム感と部分的に透けるレース素材により、コンプレックスである腰回りの太さをうまく誤魔化してくれるデザイン。

窓ガラスに映る身体は、思っていた以上に完璧に仕上がっている。

イオナはうれしかった。

だからこそ、あれこれとポージングを決めてはご満悦の表情を浮かべる。

きっとゾロは喜んでくれる!
これをみたらきっと、きっと…。

どうやら相当過激な妄想をしているらしく、彼女は身体をクネクネさせながら、頬を真っ赤に染めていた。

その頃、ゾロはといえば─。

「今晩くれぇは隠れとくか…。」

一人呟く彼は、芝生を踏みつけていた。

ほんの数分まで、食料庫のドアの奥に彼女が潜んでいただなんて知るよしもなく、その中で繰り広げられた彼女の妄想ストーリーももちろん知らない。

男部屋で眠っていて、また夜這いなんてされたらたまらない。

特に今回は"嫌な予感"がする。

的中とまではいかなくとも、正解に近い予感を連想したからこそ、ゾロは避難することにしたのだ。

自分の一番使いなれた展望室へと。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

─ガチャリ。

ドアを開く音が聞こえ、暗いドアの向こうから彼が顔を覗かせた時、反射的にイオナは叫んだ。

「ギャーッ!」

へたりこんだのはそのすぐ後。

どうしてここに私がいることに気がついたんだろう。

ゾロの姿をみた途端、彼女はあまりの展開に腰を抜かしたのだ。それは感動に近い感情であり、"その時がきた"と彼女は勝手に脳内で舞い上がっていた。

それなのにゾロは言うのだ。

「今すぐ服を着ろ!」と。

最初は理解できなかった。けれど、その言葉を繰り返されているうちに気がついてしまった。

彼は脱がすところからやりたいと考えているのだ。と。

それならば話は早い。

「─…っ!わかった。」

脱がされるとわかっていながら衣服を身に付けるのはとてつもなく変な感じがした。

それでも、真っ赤な顔のままそっぽを向くゾロが愛くるしくもみえて、イオナは羞恥に耐えながら晒していた素肌を覆った。

「ゾロ…?」

「ん?」

「服、着たよ。」

「そうか。ならそこに座れ。」

ゾロは自分の正面を指差しそう告げる。彼女は不思議そうに頭を傾けながも、指示にしたがった。

なぜこんな時間にこんなところにいるのか。

なぜこんなところで下着姿だったのか。

なぜあの下着を身に付けているのか。

ゾロにはイオナの考えていることが、全く理解ができなかった。ただわかるのは、なにか良からぬことを考えているのだろうということのみ。

追いかけ回したのも、何度も組み敷いたのも自分ではあるけれど、その結果がコレであると言われても繋がりが理解できず、苦悶することしかできない。

彼は渋い表情のままイオナに訊ねる。

「お前な、それ着てどうするつもりだったんだよ。」

突如、彼女は目を真ん丸く見開いていつもに増して顔を真っ赤に染め上げる。

意味がわかんねぇ。

そう呟きたいところだったが、ゾロは気がついてしまった。彼女が今日、夜這いしようとしていた事実に─。

「な、な、なんの目的があって、お前はそんな高頻度で俺を…」

思わず動揺の声をあげてしまう。いつになく取り乱し、彼女に指先を向けてブンブンと振りながら。

「わ、私はただ。ただ…」

「いい加減にしろよ!俺だって堪忍袋の緒ってヤツがある!クルーの面前で醜態晒させられて─」

唾が飛んでしまいそうなほど、ゾロは勢いよく言葉を紡ぐ。

最初は困惑した表情だった、イオナだったのだけど─耳に流れ込むゾロの言葉を理解し始めた時、真っ赤だったはずの頬からは色が抜け落ち、その瞳を赤く染める。

あっ、やべぇ。

理解しているはずなのに、何故だか言葉はとまらない。脳に二人分の知識があるような、二つの人格があるような、そんな錯覚にすら陥ってしまいそう。

「俺にも立場ってもんがある。お前はからかってるつもりなのかも知れねぇが─」


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