その言葉は好きの裏返しだ。
ピントのズレた彼女にとっては、告白と同等の意味があった。
のだが、ゾロは気がついていない。
いったいどうしたらいいんだよ…。
顔を真っ赤に染めたまま絞り出すように言い切ったイオナと、そんな彼女をベッドの上で組み敷いたままの自分。
なんて答えりゃいいんだよ。
ゾロは脳内で、いくつかの案を出し検討しはじめる。
そうか、なら頼む。
─いや、それ、完璧におかしいだろ。
再度説明し直させてくれ。
─コイツのことだ。たぶん何度説明しても話なんざ聞かねぇだろな。
当然ながら妙案は浮かばず、ゾロは長らく黙りをしてしまい─それをどう捉えたのか、彼女は目をうるうるさせつつ、視線を伏せた。
やべぇ、泣かれる。
どうして泣かれることをこんなに不安に感じるのか。どうしてこんなに胸が痛いのか。
なんでこんなに…
「お、おいっ。」
無意識にゾロは声をかけていた。イオナは下唇をつきだしており、どうやら涙をこらえているようだ。
「な、泣くな?な?」
「な、泣いてませんから。」
「泣きそうな顔すんなよ。」
「そ、そんなことない!」
冷静になればなるほどおかしい。
ベッドの上で身体を組み敷き、両腕を彼女の頭の上で押さえ込んでいる。その上、真っ赤な顔で、涙をいっぱいに溜めた瞳で睨み付けられているのだ。
ここまでの状況を作っておいて、自分は悪くないと言い張れるだろうか。
完全にイオナのペースに飲まれていることにも気づかず、彼は悩み始めていた。
責任をとるべきなのでは、と。
「も、もう離して。お願い…」
「待て。まだ話しが終わってねぇだろ。」
「ゔぅ…。」
ポロポロとイオナの頬を伝う涙。
彼女は落胆していた。
フラれた。ゾロは私を好きじゃなかったんだ。なのに追いかけ回したんだ。こんな風に恥ずかしい思いをさせるんだ!思わせ振りだな、こんちくしょう!
そして相変わらず暴走していた。
この鬼畜エロ剣士!
でも大好きだよ、ばか野郎!
彼女の頬を伝う涙が、暴言の裏で溢れたものだということを、ゾロが知るよしもなく。
だからこそ彼は手を差しのべる。
空いている方の手で、流れる涙を拭ってやりながら言葉を紡いだ。
「わ、悪かったよ、何も答えれなかった俺が悪かった。お、俺は、その、結構、いや、わりと…、お前のことを─」
これから大事なことを言おう。
ゾロがそう決意していたタイミングで─
ガチャッ、バンッ!
それはそれはタイミングよく、部屋のドアが勢いよく開いた。
それと重なるように、
「なぁにやってんだ?お前ら。」
気の抜けたルフィの声が響く。
二人は同時にドアの方に視線を向ける。
ルフィとチョッパーは普通に驚いているような表情を、そして、ウソップは─全てを悟った表情を浮かべ、みるみるうちに赤面しきった。
やべぇ。
すんげぇ、やべぇ。
とにかくはんぱなくやべぇ。
ルフィやチョッパーはともかく、ウソップには完全に勘違いされただろ…。
ゾロはそれしか考えられず─
どうしよう。
普通に恥ずかしい。
恥ずかしい、死ぬ、焼け死ぬ…
イオナは雰囲気に羞恥心を煽られる。
そして─
「ヤべ!」「ひゃっ!」
─二人は硬直したまま視線を交え、同時に悲鳴のような声をあげた。
それからは早急だった。
彼女の頬から手を離し、彼女の腕を解放す。
「こ、これには深い訳があってだな…」
ゾロはそのまま身体を起こし、─なにもしていないと訴えるべく─その手のひらをルフィたちにかざして、言葉を紡いぎ始め─
刹那─。
パッチーン。
頬を走る強烈な痛みを彼は受け入れる。その原因が何なのか、そんなこと確認しなくともわかる。
「ぞ、ゾロのえっち!」
なぜこのタイミングで、彼女はそう叫んだのか。頭を抱えたくなるけれど、そうする余裕もない。
彼女は、ゾロの頬を強く打った途端に絶叫し、勢いよくベッドから降りる。
そして、そのままウソップを弾き飛ばして逃走してしまった。
こんな状況でも、なにも思わなかったらしいルフィは明るく声をあげる。
「なにやったんだよ、ゾロ〜。」
それはそれは普段通りに。
ただの喧嘩を目撃したかのようなノリで。
だからなのか空気は和やか。
「エッチってなんダ?ウソップ?」
「さ、サンジみたいな奴のことだ!」
「でも、今、イオナはゾロのエッチ。って言ってたゾ?」
「チョッパーにはまだ早ぇよ、な、ルフィ。」
「へぇ、エッチってのは、料理を作るのがうめぇ奴のことを言うのか!」
悲劇などなかったかのように、日常の喧騒を取り戻した男子部屋。
勘違いしているルフィを正すものはだれもおらず、そのまま彼らはトランプを始めた。
そんな中で、ゾロは冷静に辺りを見渡し─
あ、アレがねぇ…。
今しがた立ち去ったイオナが、あのランジェリーを持ち出したことを悟った。
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