ゾロ | ナノ


ナミの襲撃後。冷静さを取り戻したゾロは、なんとも言えない敗北感を噛み締めながら男部屋へと足を進める。

「これ、絶対ぇまともなもんじゃねぇだろ。」

ナミがイオナへとプレゼントしろと一方的に手渡してきた紙袋に一度目をやり、小さくボヤく。

前回のサンジの件を踏まえ、早急に処分するなり、対応を考えるなりしなくては。

親切心など、そこには微塵も存在していないことを知っているからこそ、ゾロの警戒心はいっそう研ぎ澄まされた。

部屋の前で立ち止まり、いつもより重たく感じるドアを押し開ける。部屋に誰も居なかったことに安堵し、彼は倒れ込むようにベッドに沈んだ。

バタンと仰向けに寝転がり、腕を額に乗せ天井を眺める。瞼は重たいが眠たくはない。

どうやら脳は視覚から得られる情報を遮断したかったらしい。

なにやってんだ、俺…。

イオナに振り回されるだけならまだしも、ナミにまでいいように玩具にされている。それなのに言い返すこともできない。

そんな自分の不甲斐なさに、溜め息を漏らす気にもならない。そして、ふと思う。

ん?イオナならまだしも?
なんでアイツならいいんだよ。

ゾロの頭にポツポツと浮かぶ映像。

まず最初に頭に浮かぶのは真っ赤に染まった照れた顔。その次は泣き顔で、困った顔で。そして、悔しそうに奥歯を噛み締める─ビンタをした後の顔。

「かわいいな。わりと…」

不覚にもそんなことを考えてしまい、気を確かにするためにブンブンと頭を振ったところで、バサリと腕にぶつかる紙袋。

ゾロは無言で身体を起こす。

彼女の顔を思い出すことで朗らかな気分に飲まれていたというのに、早くも現実に引き戻されてしまった。

悪意が詰め込まれていそうなその紙袋に手を伸ばし─やけにプリプリできらびやかにラッピングされた─包みを取りだすと、破らないように丁寧にそれを解いてゆく。

─なんでここまで頑丈に?

何枚も重ねられたラッピング用紙をほどきながら、眉を潜めるゾロ。最後の紙を開いたとき、彼の目に飛び込んできたのは…

「って、おっ、おい!な、なんだこりゃ…。」

5枚程度のラッピング紙の中から出てきたそれを見て、彼は硬直し─まるで"なにも見ていないかのよう"にそれを布団の中へと押し込んだ。

─頭が痛ぇ。

言葉にするならそれは撃沈。
もう頭を抱えることしかできない。

ダメだろ。これはまじで、アウトだろ。

もしこんなものを手渡していたとすれば、今度こそ本格的にイオナに嫌われてしまう所だっただろう。

先に気がついてよかった。
警戒しておいてよかった。

無意識のうちに彼女に嫌われることを恐れていることには気がつかず、ゾロは大きな溜め息をつく。

「風呂でも、行くか…。」

目の奥がガンガンと痛む。それが心理的なものであるとわかっていながら、彼は自分のこめかみを親指の腹でぐいぐいと強く押した。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

同時刻。

イオナは短刀と封筒を手に持ち、いそいそと廊下を進んでいた。目的地はもちろんここ。

「おじゃま…します。」

ガチャリとドアノブを半回転、音の出ないようにドアをわずかに押し開け部屋の内部を見渡す。

「よし、誰もいないっと…」

先日の失敗を踏まえているのかいないのか、イオナは再び男部屋へとしのびこむ。

一寸の間違いもなく、一直線にゾロのベッドの中へと入り込み─

そこで気がついた 。

ん?ここ、あったかい…。
さっきまでゾロがここにいた!?

手が触れた部分がまだぬくぬくで、枕のへこみもその弾力で戻ることなくそのまま健在。

ちょ、ちょっとだけならいい、よね?

勝手なことを考えながら、イオナははにかむ。

恥ずかしいことだとわかっているなら、やめておけばいいのに彼女は欲望に忠実だった。

フギャーッ

布団を抱き締め、枕に顔を埋めふにゃふにゃと頬を緩める。まるで綿を見つけたハムスターのように、もふもふ、ふはふはを繰り返す。

あったかい。ゾロの体温…。 あの日みたいに、あの時みたいに、むふふ、うふふ、温かくって、ぬっくぬく、ぐはは。キャハハハハハ。

少々正気を失いながら、普段なら冷静に味わえない温もりを堪能する。それが間接的であったとしても、イオナは満足していた。

が、そんな時間も長くは続かない。

ガジャリ…

手に触れた紙の材質はふわふわ。それがラッピング用紙だということは、女の子ならばすぐにわかる。

「なんだろ…、これ。」

身体を起こし布団の中から取りだしたそれは、やけにピンクでプリプリの包みだった。

先日の一件の際にゾロに指摘されたことも忘れ、彼女はなにも考えずその包みを開封し─

そして、時間が止まった。ように感じた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

風呂から部屋に戻ったゾロを待ち受けていたもの。

それは─

「なぁ、イオナ。お前、そこで今度はなにやってんだよ。」

「な、なんでもないですから!?」

自分のベッドの上に座り込み、短刀の刃をまじまじと眺めているイオナの姿だった。

こちらの問いかけにすぐさま反応した彼女は、語尾を微妙に上げる妙なアクセントで言葉を返す。

どうみても様子がおかしい。

「なぁ、どうした?」

「ど、どうもしないけど、けど、ゾロはブッ飛んでるよね。わ、私、ビックリしちゃって、もう、ほんと─」

「いや、意味わかんねぇって、──おい!」

精神崩壊気味の彼女に歩みよりつつ、言葉を紡いでいたゾロに向けられたのは刃先。

手の届く範囲に足を踏み込んだ途端、いかにも不器用そうな手つき、震える両手で彼女は短刀をかまえたのだ。

「─近寄らないで、エッチ。やだ。今寄ってきたら刺すから。ゾロを刺して私も死ぬ!」

「おい、待て!」

ゾロは慌てて声をあげる。

それは浮気した亭主に憤慨した女房か、もしくはその浮気相手の女が結婚を迫りつつ叫ぶ台詞ではないか。

頭痛がさらに酷くなるが、どうしようもない。

ボケてはいない本気の狂言に、なんとも長い場違いな突っ込み。それでも二人の間を流れる空気は真剣そのもの。

そう、彼女の膝の上にのるそれさえなければ、─視覚から得られる情報のみで捉えさえすれば─まとに修羅場だったのに…。

「イオナ。まさかまた、お前…、勝手に人のもん触ったのか?」


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