ゾロ | ナノ


数日後。

「─うげぇ…。寝坊した。」

カーテン越しに差し込む光の強さが、今現在が朝ではないことを物語っている。

「なんで起こしてくれないかなあ…」

ポツリと恨みがましく呟いてみるけれど、同室の美女二人の姿はどこにもない。

だらだらとベッドから降りて、カーテンを乱暴に開けてみると、予定通り船は岸に寄せられていた。

奥には赤い屋根の小屋がいくつか立ち並び、手前には砂浜が広がっている。

どうやら、その小屋の奥にある人工の並木道を抜けると街があるようだ。

昨晩沖からみた時のイメージより、しっかりした島のような気がした。

「ふぁー。おいてけぼりか。」

昨晩やっと新たな島に接近したサニー号は、島の住民へ迷惑をかけないようにと沖で一晩の停泊。

早朝に岸に船をつけ、買い出しに向かう段取りとなっていた。

が、イオナは約束の時間に起きることができなかったため、放置されていたらしい。

「ナミのせいだ、ナミのせいだ、ナミのせいなんだからっ!」

これは完全に八つ当たりであり、責任転嫁でしかない。自覚してはいるものの、誰かのせいにしないと納得がいかず、イオナはぶつくさ言いながら部屋の中をぐるぐると歩き回る。

ナミのバカ、ナミのバカ、ナミの…

あの意地悪な笑みと、含みのある口調、チラチラとこちらをうかがう視線。

「フンッ、ナミのばかっ。」

彼女はあのマスト激突追いかけっこの日から、妙に際どい突っ込みや、からかいを執拗に投げ掛けてくる。

その攻防に備えて常に気を張っている上、言葉選びも普通より慎重に神経質になってしまう。

故に、疲労が蓄積。結果、寝坊。

もうこればっかりは嘆いても仕方のないことなのだけど、それでもやはりこの状況を言葉にすると"しんどい"の一言だった。


だからその不満をぶつけるべく、うつ伏せにベッドに寝転がり枕を口元に押し当てる。

よし、これで誰にも聞こえない。

枕から一旦口元を離して、めいいっぱい息を吸い込んで…

「〇×←+△▽×◆〇ッ!」

枕に口を押しあて、思いっきり本音を叫んだ。足をバタバタとさせながら。顔を真っ赤にしながら。

誰にも伝わっていない。
誰にも教えてなんかない…。

それでいい。
それでよかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

日差しが素肌をジリジリと焼き付ける。汗をかいてもすぐに乾いてしまいそうなほど、からりと晴れた午後。

イオナは甲板に出た。

「お散歩してくる〜。」

船の修復をしているフランキーの背中にひそめがちに声をかけ、船から降りる。

何故ならこの船に残っていたのは、自分、フランキー、そしてゾロだったのだから。

「あぁー。一人で大丈夫か?」

「へーき。へーき。」

バレないように。バレないように。

まるでつまみぐいをする子供のように挙動不審になりながら、彼女は静かにせかせかと足を進める。

「あっちぃなあ…」

船から降りてまだ少しだと言うのに、すでに肌がヒリヒリと痛むのだからたまらない。

こめかみの辺りを流れる汗をハンドタオルでぬぐい、深い溜め息をついた。

赤い屋根の小屋の方まで行けば、木のおかげで影が出来ているようだけど。

見た目以上に距離がある。

「日傘欲しかったなあ…。」

あと半分程度の距離のところで、ひとりごちて船の方へと振り返り───。

「ギャーッ!なんでぇー。」

先ほどまでの倦怠感はどこへやら。
イオナは迫り来るその存在を目の当たりにした瞬間、悲鳴をあげて走り始めることしかできなかった。

**

昨晩イオナがナミたちと早朝から出掛ける約束をしていたのを、ゾロは興味のないフリをしながら聞いていた。

ナミやロビンとならともかく、あの変態セクハラコックが一緒というのは妙に勘に触ったものの、もちろん文句は言えず。

今日一日は話を聞くのは無理だろうと、冷静にそう考えていたのだが─。

「なにやってんだ、アイツ…。」

真っ昼間である今、日照りが一番強いこの時間に、彼女がコソコソと出掛ていく姿を見ることになるとは思っていなかった。

展望室からでは少々距離がありすぎて、表情までもは見えない。

ただフランキーになにやら声をかけ、辺りを不自然に見回しながら…。

あぁ、俺を警戒してんのな。
しっかし、この暑い中をよくもまぁ。

何度も額の汗をぬぐうような動きを見せる後ろ姿。それを視線で追いながら、ナミの言葉をふと思い出した。

「追うなら今か…」

そう呟いた時には、身体はすでに動き始めていた。どうやら、脳より先に筋肉さんの方が理解していたらしい。

はしごを下るなんて野暮なことはせず、サクッと飛び降りる。

なにやら忙しそうなフランキーに「船番頼んだ!」と声をかけ、返事を聞く間も惜しいと、甲板を駆け抜け…。

***

「いつの間に追ってきてたし!」

イオナは泣きそうになりながら走る。

砂に足を取られてサンダルが脱げてしまっても、裸足のまま走った。割れた貝が足の裏に刺さって痛くても仕方ない。

捕まるよりは、恥ずかしい思いをするよりは、ずっとずっとマシなんだから。

もう少し行けば、砂浜は終わりレンガ造りの道となる。そして、木陰もある。

最悪、木の影に隠れてしまおう。

追い付かれなければの話だけど…

イオナは即席の作戦を考えながら、先日のような失態などないように視線をまっすぐ前に向けて走る。

ひたすら走る。

大好きな人の追走から逃れるために。


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