ゾロ | ナノ


袋に詰められた大量の氷を持って女部屋に戻ってきたナミは、ソレをドカンとイオナのベッドに向けて放り投げた。

見事にスネに命中し悶絶したイオナをうかがいながら、彼女はニタニタと人の悪い笑みを浮かべているのだから腹が立つ。

「痛いじゃんっ、何でこんなことすんの?」

痛みから溢れる涙で視界をぼやけさせながらでも、ちゃんと文句は言う。

この眼差しでいつもの悪戯よりずっと痛かったということも、それなりに怒ってるということもちゃんと伝わってるだろう。

と思いたかった。
が、彼女は得意気に笑っている。

スネを押さえて睨み付けるイオナを、仁王立ちで見下ろして、今にも高笑いしそうな表情をその整った顔に張り付けている。

おぉっと、これは余計に腹が立つ。

その意思を示そうと口を開いた時。

「なんでって、ゾロに頼まれたから。」

まるでタイミングを計ったかのように、意中の男の名前を聞かされ…

イオナは再び、悶絶しそうだった。

しかし態度に示してしまえば、彼への好意に気づかれてしまい兼ねない。

とりあえず驚いたフリをして、「な、なんで氷…?」などという、無難な問いかけをしてみた。

我ながらバッチリだろう。とイオナは考えたのだけど…

「フフン。」なんて声は聞こえなかったけれど、彼女はそんな得意気な顔で笑う。なんだか不気味だ。それにとてつもない威圧感がある。

「氷って…。ねぇなんで?」

「氷は氷でしょう?」

ナミの態度はまるで女王様。

サンジならば「キュィーン」と犬のような声をあげながら尻尾を振りそうな状況だ。ただ、イオナはそこまでの忠誠心を女性相手には持てないために眉を潜めるだけ。

そんな怪訝な表情を浮かべた彼女の心情をどうとらえたのか、先ほどゾロしたやり取りをナミはペラペラと喋りはじめてしまった。

「─ってなわけよ。」

聞き終わる頃には、イオナは受け取った氷で顔を冷やすのに必死になっていた。

もちろん痛みからではなく、内側から溢れてくる熱に対しての応急処置である。

「でさぁ、あんたはどう思ってるの?アイツのあの行動について。」

う"ぅー。

絶賛余裕ぶちかまし中のナミのこの表情に、快い気持ちになる人間なんてどこにもいないだろう。

それでも今はなにげに気分がいい。

なにせ自分を気にかけて、ナミに頭まで下げてくれたのだから。あの、ゾロが。

「純粋に、嬉しいと、…思います。」

取り繕うことはせず素直に本音を漏らす。

というのも、振り切れる寸前をキープ中の喜びバロメータを、どうやってもこのまま保ち続けるかを重要視していたから。

ナミに顔を見られないように氷を顔に押し付けながら答えると、彼女は予想以上に不機嫌な声を漏らした。

「はぁ?追いかけられんのが嬉しいの?」

えぇー。訊ねたのはそこのことかい!

「いっ、いや!追いかけられるのは嫌。で、でも、心配してくれた件についてだけ言えば、嬉しいと思うよ。クルー…だし?」

こちらが話終えるまでの間に、ナミはベッドの上に腰を下ろして、吹き出しそうになるのを必死に耐えている顔をしていた。

「な、なによ!その顔!」

思わず聞いてしまうのは、自分の放った説明が模範解答過ぎることを理解していたから。焦ったことでさらに醜態を晒すハメになってしまうイオナ。そこに更なる追及が。

「別にぃー。じゃあさぁ、サンジくんにも心配されたら嬉しい〜ってなるの?」

え!?今の私ってば目をハートにしていた?

完全にナミの口調に飲まれ、脂汗を額に流しながら苦し紛れの言い訳をひねり出す。

「あの人はアレだけど。ほら、でもチョッパーに心配されたら、ありがとうって朗らかな気持ちになるでしょ?でしょ?」

どこまでも苦し紛れの言い訳だ。
もちろんこんなものがナミに通用するわけがない。

「プッ…、キャハハハハッ」

ベッドにうつ伏せになり、大袈裟に笑い始めたナミ。

からかわれている悔しさに勝るのは、バレてしまったのではないかという不安。

なんてごまかそう。次なる言い訳は…。言葉の濁し方。どうしよう。

焦りだけが先走り、カラカラになった喉で唾を飲み込み、床に向けている視線を泳がせる。

耳まで熱い。氷がジュッと音を立てて溶けてしまいそう。

「クハッ、まぁさか、ゾロとチョッパーをっ…ヒィッ」

一人悶え苦しむ航海士を見つめながら、言い訳するチャンスを与えられることを願いながら、ただ次に言うべき言葉を考えることしかできないイオナだった。




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