Volume8.
「サボのバカ!」
サボと共に玄関までエースを見送ったイオナは、扉が閉まった途端、涙目でサボを睨み付ける。
散々凌辱された後であるにも関わらず、その目撃者でもあるエースに料理を振る舞わされた。
それだけで済んだならまだマシだったのかもしれない。
言いなりなイオナを相手にサボは調子に乗ったのか、「俺のイオナだからな。」などと言いつつ、あのDVDの『複製』をエースに提供してしまったのだ。
渡した相手があの映像の当事者である以上、流出の恐れはないだろうが、それでもあの醜態を"いつ観られているのかわからない状態"となってしまったことが許せない。
「どうしてあんなこと!酷いよ!」
「あんなことって、具体的にはなんのことだ?」
「具体的って。そんな、言えるわけ…」
真っ昼間から明け暮れていたあれやこれやを思い出したのか、勝手に赤面し視線を泳がせるイオナ。そんな恋人を愛おしそうに目を細めて見つめたサボは、鼻唄混じりに踵を返す。
「それにしても、エースは喜んでたな。あのDVD〜」
「喜んでたって…」
「アイツ、昔っからイオナのことが好きだったからな。あれがあればオカズには困らねぇよ。」
「オ、オカズッ!?」
泣きそうな顔をして動揺した声をあげながらも、イオナは内心『興奮』を覚えていた。普段の行為の最中に、サボがエースの名を口にするからかもしれない。
そう信じたかったが、別な要因があることには薄々勘づいていた。もちろん彼もまた─
「おい、イオナ。もしかして"感じてる"のか?エースに自分の身体を見られてるって想像しただけで。」
「ち、違う。そんなこと…」
「なら、パンツを脱いでみろ。」
「そんなの。」
「脱げないならいい。こないだ縛った時に撮影した、ツンツンおっぱいの写真をエースに送ることにする。」
有無を言わせぬスピードで手を上に挙げたサボ。その手の中にあるスマホの画面には、目隠しをされたイオナの姿が写っている。
「いつの間に…」
「便利な世の中だよな。シャッター音のないカメラアプリを考えたヤツには俺から表彰状をやってもいい。」
スマホを奪い取ろうと、背伸びをしてピョンピョンするイオナを避けなから、サボは腕を上に掲げたままそれをサクサクと操作する。
「わ、わかったから…」
「何がわかったんだ?」
「パンツ、脱ぐから。」
悔しさのあまり下唇を噛む。キッとサボを睨み付けるが、彼はその視線すら愛しいと言いたげな表情でイオナを見下ろしていた。
「サボのバカ。」
「誉め言葉だな。」
「最低だよ。」
「あんまり俺を褒めるなよ?」
全く噛み合わない会話に頭が痛い。イオナは顔をしかめながらも言われた通りにショーツを脱ぎ、それをサボの方へと差し出す。
彼は無言でそれを受けとったものの、特に興味もないのかヒョイと床に落としてしまう。そして、一歩前へと踏み出し、寄越せと言ったくせにと言いたげな目をするイオナを壁際へと追いやった。
「何よ…」
「彼氏に壁ドンされて喜ばないなんて、可愛いげがないにもほどがあるぞ?」
「そんな状況じゃないもん…」
「へぇ。」
本気でこの状況を楽しんでいるのだろう。いやらしさを一切感じさせない、好奇心に揺れる瞳に顔を覗き込まれイオナは本気でたじろぐ。
「なによ…」
「イオナは俺の彼女なんだろう?」
「そうだけど…」
「だったら、許してくれたっていいんじゃねぇのか?」
甘えるような物言い。それがサボの十八番であると知っていながら、ほだされそうになってしまう。流されてしまうまいと視線を伏せたイオナ。しかし、甘えの追撃から逃れることは出来ない。
「なあ、イオナ?」
すがるような声音が耳元で囀ずる。それには、もとより甘味の多いパンケーキに、更にとろりとしたはちみつをかけた時のような濃厚な甘さを覚える。それが鼓膜に触れた瞬間に、全身に震えが走った。
「俺のこと、嫌いになったか?」
「それは─」
イオナは顔をあげる。真っ直ぐにサボの瞳をみつめるが、彼の目は正面にいるイオナを見てはいなかった。
どこか遠く、もっと深くを見つめるような、心ここにあらずな瞳。イオナはそれ以上、言葉を紡げない。
サボは口を半分開いたまま硬直した恋人をみてどう思ったのか、諦めたような笑みを浮かべて呟く。
「最初から、俺のことなんか好きじゃなかったんじゃないのか?」
「そんなことない!」
「でも、エースのことが好きだったんだろう?」
「なんで?どうして、そうなるの?」
身に覚えのない疑い。驚きと困惑の中で、イオナは悲鳴のような声をあげる。けれどサボはなにも答えず、ただ肩をするめるだけ。
「ちょっと、サボ。それ誤解だから…」
懸命に訴えるイオナ。一体何を疑われているのかわからない。わからないからこそ、不安で仕方ない。サボが一体何をみて、何を思って、何を考えているのか…
見透かすことなど出来るわけがなく、それを知るすべもまた『特別』には存在しない。
だからこそサボの口から、サボの言葉で聞くしかない。
今にも泣き出しそうな顔をするイオナにサボはいつもと変わらない、自然な笑顔で微笑みかける。そして、震える唇に自身のそれを重ねた。
たった一瞬の接触。
状況にそぐわないサボの行為にイオナは目を見張る。
「驚いたか?」
「は?」
「ほんとに俺が疑ってると思ったか?」
普段と変わらないからかいまじりの語調。決してバカにしている訳ではない、柔らかな視線を向けられ、イオナはフリーズする。
「もし仮に、イオナがエースを好きだったとしても、だ。」
「俺がそう簡単に自分の女を誰かに差し出すようなことをすると思うか?」
前回の彼女に二股をかけられていた男の台詞にしては、また、幼馴染みに3Pを求めた男にしては、ずいぶんと説得力のない言葉だ。けれど、イオナはそれを指摘することはせず黙りこむ。
「俺はイオナが大事だ。本気で愛している。」
「サボ…」
結局またほだされることになっているこの状況に、嫌な気はしなかった。むしろ、「愛している。」というその単語を口にしてもらえるのなら、多少の羞恥心になど目を瞑っても構わないとすら思う。
サボに影響されすぎたのか、はたまた最初からおかしいのか。目をとろんとさせるイオナ。そんな彼女の身体を壁に腹が触れるようにくるりと半回転させながら、彼は甘く残酷な言葉を呟いた。
「だから、苛めたくなるんだ。」と。
to be continued
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