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お願いX'mas

クリスマスのプレゼントを届けてくれているのがモネだと知ったのは、シュガーがまだ8歳の頃。

イブの夜。
いつものように本を読んでくれた後、「今日はサンタクロースがくるからシュガーは早く寝ないとね。」とモネが言った。

毎年の事なだけあって、シュガーにとってその言葉はおまじないのようなもの。

以前ドフィおじちゃまが、「信じる奴は報われるんだ」などとおっしゃっていたことを思い出しくすりと笑う。

「モネはいいお姉ちゃんだから、きっとサンタクロースが来てくれる。」

まだ幼かったシュガーの、心の底からの言葉。モネは優しく笑い、その淡いエメラルドの髪をすいてやる。

「ありがとう。とってもうれしいわ。」

透き通る優しい声。シュガーにとってそれはとても心地のよいもので、眠気をより一層強める。

何度も頭を撫でる優しい手。その手はとても冷たいのに、温もりを感じられる。

「おやすみ、シュガー。」

その言葉をモネが発した頃には、すでにシュガーは規則正しい寝息を立てていた。

シュガーが眠りについたことを確認したモネは、いつものようにベッドからそっと身体を起こす。

「モネ…」

寝返りを打ちながら自分の名前を呼ぶかわいい妹を前に、口元がほころぶ。どうしようもないほどに可愛がり、大切に思い、丁寧に接してきた。

グラディウスやラオGからは『甘やかしている』と耳にタコができるほど言われてきたが、モネがその意見に耳を貸したことはない。

確かに甘やかすことがその子のためにならないことをモネも理解している。

ただモネの目からみればシュガーは叱りつける必要などないほど聡しい子。我慢を強いる必要などないほど、賢い子。

ワガママの1つや2つ、いや、10や100程度は聞き入れてもいいほどに、優しく愛くるしい妹だった。


当然、この年もシュガーが欲しがっていた、最高品質のテディベアを海外から取り寄せていた。

日付の変わる少し前、シュガーの部屋へとプレゼントを手にしたモネが向かう。

いつものように、シュガーが深く眠っていると信じて。

─モネの足音が近づいてくる。

少し前に目を覚ましていたシュガー。

サンタクロースの訪れという、放ってはおけない一大イベントの期待感から目を覚ましてしまったのだ。

起きていてはサンタクロースは来ない。

そう言い聞かされていただけに、彼女は焦っていた。このままではサンタクロースが自分たちを避けてプレゼントを配りに行ってしまう。

自分が起きていたせいで、モネまでプレゼントをもらい損ねてしまう。

そう思い焦っていたところで、廊下を歩くモネの足音。

(どうして?)

モネもイブの夜は早く寝ているはず。

廊下を歩いていることを不思議に思い、身体を起こそうとしたシュガーだったが、考えを改めた。

もしかしたらサンタクロースは私を驚かせないために、モネの足音を真似ているのかもしれない。

もし子供たちが起きていても、泥棒だと間違われないようにサンタクロースはその家の住人の足音を真似するんだ。

それはどこか大人びていて、どうにも子供らしい発想。

モネの言葉を信じていただけに、彼女は寝たふりをすることを選んだ。

そうしてサンタクロースの正体に気がついてしまう。

ガチャリとドアが開き、部屋の中へと入ってくる気配。

無意識に息を詰めてしまうのは後ろめたいことをしているという自覚があるからか。

(ごめんなさい。サンタさん。お願いだから気づかないで…。)

泣きそうになりながらも願うシュガー。

そんな彼女の心情など知るよしもなく、サンタクロースと思われる人影は足音を潜め1歩、また1歩とシュガーへと近づいた。

サンタクロース、ではなくモネはソッとシュガーの寝顔を覗き込む。いつも通りの寝顔。その小さな横顔に微笑みかけて告げる。

「シュガー。メリークリスマス。」と。

その声を耳にした時、シュガーは驚きのあまり目を開けてしまいそうになった。

なんとか理性でこれを制御し息を殺していると、枕元でビニール性のなにかが擦れる音。

その時、フワッと香るのはモネの使うハンドクリームの香り。

(どうして…)

シュガーの心が不安に揺れる。

普段の自分がいい子でないから、サンタクロースはこないのだろうか。だからモネが気遣ってフリをしてくれているのだろうか。

まだ幼かったシュガーの思考力では『サンタクロースがいない』という答えを選択するには至らなかった。

パタンとドアが閉まった後、こっそりシュガーは泣いていた。

何にたいしての涙かはわからない。

ただモネにこの事は話してはいけないと思った。

サンタクロースではなくモネからもらったテディベアを素直に喜べない自分のままでいてはいけないとも思った。

だからこそ相談したのだ。

ドフィおじちゃまのところで自宅警備員をしている、グラディウスに…。

「サンタクロース?」

一連の話をして聞かせた後、グラディウスは困ったように頭を掻いた。どうしてそんな反応をするのかわからず、シュガーは首を傾げたのだが。

その答えは呆気ないものだった。

「サンタクロースなんて居ねぇよ。あれは幻想だ。ファンタジーだ。世界中の子供にプレゼントなんてして回ってたら、破産どころの騒ぎじゃねぇだろ。」

破産。それがなにかはわからない。ただサンタクロースが"居ない存在"だと言われていることは十分に理解できた。

「じゃあ、私が悪い子だからモネが代わりをしてくれたんじゃないの?」

それは、シュガーにとって一番聞きたかったこと。一番聞かなくてはならなかったこと。

「お前がろくなガキじゃねぇのは確かだが、それが理由じゃねぇよ。サンタクロースなんて居ないってのが答えだ。」

グラディウスはめんどくさそうにそう言いながら、サンタクロースのコスチュームを身につけた若い女性が表紙に掲載された雑誌へと目を落とした。

おっぱいがおっきいサンタさん…

シュガーの視線は表紙に釘付け。

「まぁ、あれだな。モネからすれば、サンタクロースがいると信じてるシュガーが可愛いんだろ。信じてるフリしといてやれよ。もらったもんに対してお前が全力で喜んでる姿みれりゃ、モネはそれで満足なんだよ。」

そういうものなのか。

この時、シュガーは釈然としない何かを感じながらも、グラディウスの言葉に納得した。

いや、納得しなくてはもらったプレゼントに対して、不信感を持ったまま生活しなくてはならなくなってしまう。

幼いシュガーは無理矢理自分に言い聞かせたのだ。

自分がサンタクロースを信じ続けることでモネは喜んでくれる。たとえサンタクロースなど居なくてもその存在を崇拝することに意味があるのだと。

そうして月日は流れ。

「ねぇ、モネ。今年はサンタクロースにうさぎのぬいぐるみをお願いしたから。」

もうすでにサンタクロースが幻想であることに気がついてもいい年頃のシュガーが、いまだにサンタクロースを崇拝していることにモネは疑念を抱いていた。

ただ本人が信じているのならばその気持ちを大事にしてやらなくてはと考え、余計なことは口にしない。

「そうね。きっと届けてくれると思うわ。」

この時シュガーがほしいと言ったぬいぐるみは、決して高価なものなどではなくすぐに手に入る安価なものであり、同時にそれは彼女が欲しがるにしては随分と幼すぎる物だった。

(いったいどうしたのかしら。)

なにかがおかしい。

そう気がつかない訳がなく、折り込みチラシに載ったうさぎのぬいぐるみを確認しながらモネは首を傾げた。

シュガーにとってプレゼントなんてなんでもよかった。

モネは必要な時に必要なだけ物を買い与えてくれるし、おこずかいもたくさん与えてくれる。

物欲が満たされている彼女にとって、欲するべきものはモネからの誠意。

自分のために何かを買い求めてくれる彼女の思いを受け取りたかった。

「うさぎちゃん、買えるかな…」

決して高価ではないうさぎのぬいぐるみ。それは競売率の高い人気商品であり、モネが思っているほど簡単に手に入るものではなかった。

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