その他 | ナノ

憧れと恋と。

別に人がごった返している訳じゃない。危険が伴うような険しい道を歩いている訳でもない。

それでもサボは「危ないから。」と言って、握った手を放してはくれない。

良い歳したおとな二人のデート。

手を繋いで歩くにしては「自分達は大人すぎる」と何度伝えても、サボはどこに行くにも手を繋ぎたがり、指を絡めたがった。

それはまるで誰彼の前でも『俺の女だ!』と宣言されているようで、照れ臭さとくすぐったさで頬が赤くなる。

イオナは意気揚々と隣を歩くサボへと視線を向け、本人にはバレないようにその横顔に微笑みかけた。
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過去。

紳士的な立ち振舞いと、責任感の強さ。誰にでも親切で優しいサボには、取り巻きの女の子がたくさんいた。

その子たちはただのファンであり、追っかけ。サボになにかを求めるけではなく、ただ自分達のアイドルでいてほしいと些細なことに黄色い声をあげるだけ。

イオナがもまたその中の一人だった。

遠くからみているだけでいい。
誰かと話している声を聞ければいい。
自分と向あってほしいだなんて、そんなおごがましいことは考えない。

だからこそ、サボから声をかけられた時は、名前を呼ばれたときは驚いた。感動というより、驚きの方が強くて、呆けたしまった程だ。

そんな呆け顔を前に、サボはカラコロと笑う。その笑顔に対して、更に「え?」と驚く反応をみせたことで、彼はちょっとだけ困った風に肩をすくめた。

「ご、ごめんなさい!」

「いや、別かまわねェよ。」

「あんまりに予想外のことで…」

期待をしていた訳じゃない。望んでいた訳じゃない。ただみていられるだけでよかった。だからこそ、イオナは戸惑ったし、動揺した。

そんな彼女の心中を知るよしもないサボは、顔を真っ赤にするどこか、焦りから冷や汗を垂れ流すイオナに対して、ちょっとだけ躊躇いがちに問いかける。

「俺とジャンケンしねぇか?」

「はい…。って、ジャンケン!?」

「ダメか?」

「いえ。そんなことはないです。」

すでに拳を突き出しているサボを真似て、イオナも拳を前に出す。それじゃあいくぞの声の後、定番の掛け声を二人で重ねた。

「「最初はグー。ジャンケン、ポンッ。」」

イオナはチョキ。サボはグー。

「俺の勝ちだな。」

「はい。」

「というわけで、俺の頼みを聞いてくれないか?」

なんの脈絡もないお願い。やはり、イオナは混乱する。まさか誰かに罰ゲームとしてやらされているのでは。はたまた、偽者なんじゃないか。

それが現実的であるかどうかなど、今の彼女には考える余裕がない。ただ、正面に立つ存在がどれだけ自分の考察能力に影響を与えるのかをおもい知らされるだけ。

「やっぱりダメか?」

「あ、いえ。」

「じゃあ、いいんだな?」

ずいぶんと押しが強いんだな。妙に冷静な脳みそのどこかでそんな風にサボを分析しつつ、コクりと頷く。

わざわざジャンケンなどしなくても、彼は周囲を動かすだけの力を持っている。取り巻きの子たちどころか、町にいる老婆ですらサボの笑顔を前にすれば、よほどゲスな願いでない限り、コクりと頷いただろう。

それなのに、わざわざジャンケンをした理由。

それは──

「なぁ、イオナ。」

「俺と付き合ってくれないか?」
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現在。

交際のきっかけはジャンケンだった。

いつからサボに目を止められていたのだとか、どうして自分なのかとか。イオナはそういった詳しいことを知らない。

ただサボにジャンケンを求められ、その勝敗のご褒美として心を要求されただけ。そして、それを受け入れただけ。

周囲に話すと「考えられない」、「ありえない」と怪訝な顔をされたけれど、客観的な意見などどうでもよかった。

涼しい顔をしたまま、視線を手元に向けることなく、指を絡める角度を器用に変えてみせるサボ。その横顔をしばらく見つめていたイオナは、自分の頬が無意識に緩んでしまっていることに気がつく。

あぁ!これじゃ、本物のバカップルだ。

慌てて表情を改め、進行方向へと目を向ける。そのタイミングであの頃と変わらない温かな声音が鼓膜を揺らす。

「なぁ、イオナ。」

「なぁに?」

「なんか食いたいもんあるか?」

「うーん。パスタとか?」

「そうか。俺は蕎麦が食いたい。」

「じゃあ、ジャンケンしようか。」

「おう。」

二人は足を止め、拳を付き合わす。
あの頃から掛け声はかわらない。

「「最初はグー。ジャンケン、ポンッ」」

END


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