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カオスな日常

深夜。真っ暗なリビング。
大きなかごを抱えたシュガーは、物音一つ立てぬように歩を進める。暗闇に目は慣れた。向かうところは一つで、手を塞ぐライトなどはあえて持たない。

空腹感から鳴りそうになる腹をグッと抑える。食欲に煽られるように、背徳感に駆り立てられるように慎重に冷蔵庫に手をかけた。

刹那、天井のシャンデリアが光を放つ。

突然の可視光線に、思わずかごを取り落とし、腕で目を覆うシュガー。

普段から慣れ親しんだ照明器具とはいえ、暗闇から唐突にそれにさらされれば、ある程度視覚はダメージを受ける。

相手がそれを狙ったことは明白であり、これが宣戦布告の挨拶であることは確実だ。

「あら、シュガー。なにしてるのかしら。」

しらじらしい調子で相手=モネは言う。彼女の性格は熟知している。これは挑発で、こちらがなにを狙っていたかにも気がついているはずだ。

両目はまだ光量に慣れてはいない。それでもシュガーは顔をあげ、昭明のスイッチのある(シュガーが入ってきた方とは異なる)ドアの方へと目を向けた。

「今日の分はもう食べたはずよ?」

モネは腕組みをし、ドアに背を預けるようにして立っている。そして、その妖しげな光を放つ瞳でシュガーを見つめていた。

「あれじゃ足りなかった。」

「そう。で?」

「お腹がすいたの。」

「へぇ…」

探るような目と、面白がるような口ぶりに溜め息をつきたくなる。口を閉ざすシュガーに、モネは柔らかな口調で問いかける。

責める訳でもなく、罵る訳でもなく、ただ柔らかな口調で、撫でるような声音で─ ─

「だから盗むの?」と。

モネはシュガーを熟知していた。しているつもりだった。だからこそ、油断していた。

かわいいシュガーなら、素直に謝ってくれるだろうと、叱らなければ行動を改めるだろうと。

「盗むんじゃない。」

「じゃあ…」

モネは眉をひそめる。が、まだその表情は余裕そうで、シュガーを苛立たせる。これまでモネを本気で困らせたことなどない。だからこそ、モネはきっと─

シュガーもまたモネを理解していた。
モネがシュガーを理解している以上に─。

シュガーは小さな包みを、油断しきっているモネへ向かって投げた。どれだけ反射神経の良いモネでも、ほんのわずかに反応が遅れる。避けることが出来ず、手の甲で包みを弾いたモネに、白い粉がふりかかった。当然のことながら視界は真っ白で、粉っぽさに噎せる。

「これは…」

「小麦粉よ。」

「あなたって子は…」

「子供扱いしないで。」

視界を取り戻そうと慌てるモネをよそに、意思のない小麦粉の粒は空気中を思うがままに漂う。それどころか、彼女が慌てて動くほどに、その細やかな粉はさらに舞い上がる。

シュガーは粉煙の中にある姉のシルエットに向かって、小さく微笑む。咳き込む声に、心がわずかに痛むが、良心というヤツと向き合うのは後でいい。

モネに向かってもう一つ、小麦粉の入った包みを投げた後、冷蔵庫の中から高級感溢れる大粒の巨峰を取り出す。

それが傷つかないように持参したかごに詰め込むと、今だ小麦粉と戦うモネをリビングに残し、その場を後にした。
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グラデウスは、突然部屋を訪ねてきた寝巻き姿の少女をみて、深い溜め息をついた。その腕に大事そうに抱えてい巨峰の入ったかごをみれば、彼女が何故ここに来たのかは一目瞭然だ。

「おチビ。また盗みを働いたのか?」

「盗みじゃない。それより部屋に入れて。」

「なんでお前みたいなチビを俺が─」

匿わなきゃなんねぇんだ。そう言いたいグラデウスの台詞になど、シュガーの関心は写らない。すでに巨峰をいくつか頬張ってしまったらしい彼女は、ムスッとした表情のまま、グラデウスとドアの隙間から勝手に部屋に上がり込む。

「おい、待て。シュガー…」

「グラデウスは私を叱れない。でも。モネには強く出られる。だからここに隠れることにした。」

戸惑うグラデウスをよそに、シュガーは淡々とした口調で言いたいことを言い、躊躇うこともなく勝手にベッドの上に座り込む。そして、巨峰を一粒口に放り込んだ。

「ベッドの上で食うな。」

「大丈夫。溢すようヘマをするほど私は子供じゃない。」

「……。」

グラデウスは言いたかった。姉妹喧嘩は他所でやれ。俺を巻き込むな。と。それでも強く出られないのは、相手が幼い容姿のシュガーだから。彼女の言う通り、グラデウスはシュガーに強く出られない。

というより、大抵の成人男子は少女を強い口調で叱りつけることに抵抗を感じるものだろう。言いたいことも基本的にはグッと堪える。

「グラデウス。モネがきたら…」

「あぁ。居ないって言っておくよ。」

「頼むわ。くれぐれもミスのないように。」

これではまるで仕事を命じられた使用人と、その主人である令嬢かなにかの会話だ。

ちなみにグラデウスは使用人ではないし、無職でもない。今は深夜なので部屋にいただけで、普段はしがないサラリーマン。

すでに眠気が押し寄せているために、たやすく彼女を部屋にいれてしまったが、普段はもっと機敏な動きをしてみせる。

「シュガー。お前のことはモネに隠してやる。でも、ベッドは空けてくれ。俺は眠い。」

「眠たいならソファで寝ればいい。」

「あのなあ。」

「きっとモネはヴィオラのところにいる。私のことを探すならあそこが一番だもの。」

「あぁ、警備室か。」

ベッドのことは諦めたのか、ソファに仰向けになったグラデウスは天井を見上げる。彼が見つめるのは、半球型の白い出っ張り。その視線から察するに、彼はそれが何であるのかを悟っているのだろう。

「俺らは監視されてんのかねぇ。」

その呟きはシュガーには届かない。彼女はすでに巨峰の半分を食べ尽くしていた。
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