世の中には隠し事が上手な人と下手な人が半々くらい居ると思う。それと同じで見抜くのが上手い人がいて、下手な人がいて。
相性がよければお互い知らぬ存ぜぬで、良好な関係を築くことができたんだろうけど…。
私は同棲中である彼の、ちょっとした変化でも見抜いてしまう。そして、ここのところ隠そうともしなくなった彼に少しだけ不安を感じている。
「ねぇ、サボ。明日休みだったよね?」
さっきまでは夢中でいちゃいちゃしていたくせに、今ではスマホにかじりついている。
こちらの問いかけに「おうっ」と素っ気なく返事をする彼の視線は画面に釘付け。画面の光に照らされた青白い横顔に対して、込み上げてくるのは怒りなのか悲しみなのか。
ここ1ヶ月の彼の動きは明らかに『不透明』でなにもかもが『怪しい』。
仕事が忙しいとか、エースと飲みだとか、同窓会だとか…。
久しぶりに時間も合い、やっとスキンシップを求められたかと思えば、イチャイチャの後のシャワーから戻ると、彼は熱心に誰かと連絡を取り合っている模様。
もしかしたら─
何度もそんな不安に煽られてスマホに触れたこともあったけれど、ロックナンバーがわからずシュンとするしかなかった。
なによりそこで真っ黒だったら、きっと私は立ち直れてなかった。グレーのままだからこそ、疑いながらではあるが彼との生活を続けられている訳で…。
「あぁー、悪ぃ。明日、俺予定入った。」
「そっか。」
「ごめんなぁ、イオナ。」
スマホを充電器に戻して、じゃれつくようにギュッと抱きしめられる。
(この腕は明日どんな娘を抱いてるのかな。)
(遊びなのかな、本命なのかな。)
(サボにとって私ってなんなのかな。)
涙をこらえるのに必死になった。
「もう一回。」なんて甘く囁かれて、そんな気分じゃないのに乗ってしまう。
自分が断ると、その分ほかの娘で吐き出しちゃうんじゃないかと思うと、拒めなかった。
そんな私の気持ちになんて気づかずに、彼はとっても嬉しそうに唇や首筋に口づけを落とす。
どうにもならないとわかっていながら、せめてもと首筋に爪を立ててやった。
「痛いだろ?」と笑って流すサボなんて嫌いだ。そう思うと胸がズキッと痛んだ。
浮気の兆候を見せつけてしまう度に息が苦しくなって、優しくされる度に失う不安が募って。
その度に大好きなんだと思い知らされる。
泣いている姿を見られたら、気づいているぞと罵ったら、捨てられてしまうかもしれない。
だから、グッと我慢した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ふと目を覚ますとカーテンの向こうは明るかった。隣にあったはずの温もりはすでになく、心細さばかりが際立つ。
いってきますも言わないで家を出るなんてとも思うが、逆に考えればワクワクした姿を見せつけられる方が辛いだけだ。
なにも言わないで出ていったのも優しさの1つなのかもしれない。
そう考えると虚しさが込み上げて、身体を起こす気も起きなかった。
少しでも冷めた様子を見せてくれたなら、邪険に扱ってくれたなら、"しょうがない"と諦める気になっていたのかな。
たらればで考え事をしたところで、今の状況は変わらない。ただ、そうしていないと心が壊れてしまいそうで。
ギュッとシーツを掴んで下唇を噛む。
踏み込めない自分の弱さと間抜けさと、特に後ろめたさを感じさせない彼の態度。
どうにもならないとわかっているのだから、開き直って生活するしかない。
そんなことは無理だとわかっていても、いつもその結論に至ってしまう。
どのくらい考え込んでしまったのだろうかと時計をみるも、そもそも起きたときに時間を確認してなかった。
同棲開始のお祝いにとエースからもらった時計は、12時を示そうとしている。
大寝坊だ。
休日にやろうと溜め込んだ洗濯や掃除の存在を思い出し、のっそりと身体を起こす。
サボの様子がおかしくなってから、考え事をする時間が増えて家事をこなす時間が減ってしまった。
こんなだから浮気されるのか…。
だらけた分だけ幻滅されているとしたら、もう充分不満は蓄積されているかもしれない。
腰が鈍く痛むのは寝すぎたせいだと思うことにして、シーツで身体を覆う。
落ちているパジャマを拾って着替えればいいのだろうけど、どうせ脱衣所で脱ぐのだから裸のままでいった方が手間がない。
カーテンの締め切られた薄暗い部屋の中。
気力なくフラフラとドアへと歩み寄ると、突然パッと視界が明るくなった。
差し込む光の中央に立つのは、なぜか正装姿のサボ。
急になに!?
頭に乗っけられたマジシャンみたいな帽子のせいで余計に理解できない。
しかもこちらにむけて差し出されているのは、真っ赤なバラの花束ときた。
「ハッピーバースディ、イオナ。」
いつもより少しだけ改まった調子で放たれるお祝いの言葉に、おもわず「え?」と声が漏れる。
「ん?もしかして、自分の誕生日も忘れてたのか?」
「う、うん…。」
誰のせいだ。誰のせいだとおもってるんだ。誕生日を忘れるくらいショックだったんだ。
パニックで状況を上手く整理できない。
つい、「あの、浮気相手は?」なんて聞いてしまう始末。
「浮気相手って、まさか、イオナ。俺が浮気してたと思ってたのか?」
困ったように笑うサボの表情からして、本当に身に覚えのないことなのだとわかる。
それにしても、なぜ昨日突然用事が入ったとか言い出した彼がここに…
そこまで考えて気がついてしまった。
というより思い出してしまった。
「まさか、サプライズのつもり?」
サボは無類のサプライズ好きだ。
以前にも何度か小さなサプライズをプレゼントされたことがある。
同様にドッキリも好きらしく、よくエースにちょっかいを出していたと聞いていた。
今回の一連の出来事が、ドッキリ寄りのサプライズだとすれば辻褄が合いすぎる。
「なんだよ。喜んでくれないのか?」
不貞腐れた表情をするサボの襟首を掴んで、引き寄せる。
浮気じゃなかったことへの安堵感。
紛らわしい行為に対する苛立ち。
疑ってしまったことへの罪悪感。
そのすべてをぶつけるように、驚いたような表情を浮かべる彼の首がぐらんぐらんと揺れるくらい身体を揺すってやる。
「おいおい、そんな腹を立てるなよ。」
「うるさい。紛らわしいヤツ!ほんと、心配かけて。なんなわけ。 」
「まぁ誤解を生むようなことした俺が悪かったとしてだ。その扇情的な姿で…」
「は?せんじょーてき?」
おもわず首を傾げる。
サボも同じようにして首を傾げた。
その頬は心なしか赤く、ちょっとだけ申し訳なさそうな表情をしている。
目を合わせたまま私はこれまでの一連の流れを思い起こした。
パジャマを着るのがめんどくさくて、適当にシーツで身体を覆って、両手でそれを押さえていて、その両手は今、サボの襟首を…
「ぎゃーっ!!!」
その事実に気がついたら途端、私は腕で胸を覆ってしゃがみこんだ。裸でなんてことをしてしまったんだともぞもぞしていると、肩からサボの着ていた上着がかけられた。
「裸なら昨晩もみせてくれただろ。そんなに恥ずかしがらなくても…」
恥ずかしさで泣いてしまいそうなタイミングでこの慰めの言葉。キッと睨み付けると、サボは両手をかざして降参のポーズをとる。
そんな彼に「エッチだ」「変態だ」と罵ると、「否定はしない。」とイタズラな笑みを浮かべた。
「否定しなさいよ。」
「否定はしない。今だってイオナをもっと辱しめたいと思ってる。」
「あのさ…」
そこまで口にしたところで、急に腕を掴まれ、身体が引き寄せられと思うとチュッと短く唇が重なった。
「ここのところ仕事が忙しかったのはほんとだ。あと、エースと会ってたってのも事実。まぁ、確かに隠していたこともあるっちゃあるが──」
そこで差し出されたのは小さな黒い箱。
それが何を入れる箱かは、普通の女子ならすぐにわかるだろう。
「言っちまったら、サプライズじゃなくなっちゃうだろ?」
蓋がカパッと開かれ、中から小さな輝きが溢れる。その輝きを見た途端に、すでに満たされていた胸は焦げるように熱くなり涙が込み上げた。
「俺の婚約者になってくれないか?」
柔らかな口調で紡がれた言葉。
感極まって頷きで答えることしかできなかった私を、彼はギュッと抱き締めてくれる。
もちろん指にリングを通してくれて。
ついでになぜか帽子まで被せてくれた。
「もうっ!私、今、裸なのに…」
「脱がす手間が省けてちょうどいいだろ。」
抱き抱えられたかと思うと、あっという間にベッドに戻される。覆い被さりながら、ネクタイを緩めるサボの表情はいつもよりずっと男らしい。
「こんなに愛してんのに、浮気を疑われるとはな。」
と同時に、イタズラな笑顔が憎い。
「私は謝りませんから!」
ムッと口を閉ざして視線を背けると、ホッペや首筋にチュッチュッと唇を押し付けて、甘えるように頬擦りしてくる。
時々子供みたいなことをするくせに、ちゃんと真剣に考えてくれていて、私を一番に愛してくれる。
そんなサボが大好きだ。
「疑ったりしてごめんね…」
「世界で一番愛してるよ。」
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