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ツンデレお嬢さん

「2月14日の午後3時ちょうど、ヴェルゴをグリーンビットに寄越しなさい。」

突然電話してきたと思えばこれだ。モネは電伝虫越しの幼い声に頬を緩める。

「もし彼が行かなかったら?」

「取引は決裂よ。」

「取引?」

「えぇ。これは取引よ。」

淡々とした調子で答えるシュガーがかわいくて、ついつい意地悪してしまいたくなるが、モネはグッと堪える。

電伝虫の向こうで顔を真っ赤にしている彼女の姿は、すでにイメージできている。刺激しすぎて、14日の『取引』をキャンセルされてはたまらなかった。

「グリーンビットに3時でよかったわね。」

「来るのはモネ、あなたじゃない。ヴェルゴが来ないと無意味だから 。」

きっとシュガーはドキドキしているのだろう。その声はわずかに震えていた。おかけで笑ってしまいそうになり、つい浮わついた声で返事をしてしまう。

「えぇ、わかったわ。」と。

察しのいいシュガーは「なにがおかしいの?」と、相変わらずの口調で訊ねる。それを「別に…」と濁すわけでもなく、モネは言い切った。

「特に何もないのよ。ただ、ずいぶんとおねえちゃんになったなぁと思っただけ。」

「残念。私に妹はいないわ。」

そういう話をしていた訳ではない。また笑いそうになったモネだが、これ以上のシュガーを刺激するのはよくないことだとわかっている。

「そうね。あなたに妹なんていない。私の勘違いだったわ。」

モネは落ち着いた調子で答えるが、腹のうちでは、「まるで若様とヴェルゴのやりとりじゃない。」と笑っていた。 電話とはいいもので、声色の変化こそ伝わるが、口元の緩みまでは伝わらない。

「わかったならいいわ。以後気を付けて。」の言葉を最後に通話は途絶えた。

手元のふてぶてしい電伝虫すらもかわいく見えるのは、シュガーのせいだ。

モネは密かにそんなことを考えながら、別の電伝虫を手に取った。
………………………………………………

「たいした用事もないのに連絡してくるなと言ったはずだぞ、モネ。」

冷めた口調で素っ気ないことを言いながらも、電伝虫一本で速攻駆けつけてくれたガタイのいい男を、モネは艶っぽい瞳で見つめる。

サングラスの向こうで、ヴェルゴが狼狽えていることは一目瞭然だ。きまずそうに饅頭の貼り付いた頬を掻いているが、どういう原理かそれは落っこちそうにない。

「ヴェルゴ。あなたってば、あのかわいいシュガーからの頼みが"たいした用事じゃない"と言うのね。」

色気のある視線とは温度差のある、鋭い物言いにヴェルゴは言葉に詰まる。ここで上手い具合に取り繕えるほど、彼は要領のいい男ではなかった。

「わざわざ私に連絡を寄越したあの娘の気持ちを汲んでやろうという心が、あなたにはないの?」

「いや、それは…」

「2月14日、午後3時。グリーンビットで落ち合うことになっているの。頼めるかしら?」

落ち度のないヴェルゴに対して、モネはあくまで「断ることは悪いことよ」といった調子で言葉を紡ぐ。が、彼にはなんてことなかったらしい。

「悪いが、2月14日は妻とのデートが入っている。無理だ。待ち合わせには行けそうにない。」

「ヴェルゴ、あなた妻なんていないじゃない。」

「あぁ、そうか。俺は未婚だった。」

「じゃあ、行けるわね。」

彼は口ごもる。どうにも妻こそいないが、なにか別途の用事があるらしい。それでも、ヴェルゴが動いてくれなくては、かわいいシュガーのバレンタイン大作戦が中止に追い込まれてしまう。

その点、モネは聡かった。

「ねぇ、ヴェルゴ。あなた、いつも任務ばかりで大変そうだけど、たまには息抜きしたいと思わない?」

モネの冷たい指先が彼の堅い太股をなぞる。ヴェルゴが大きく息を呑んだところで、「シュガーのところに行ってくれるなら…」ともうひと押し。

彼が欲していることはサングラス越しにもわかった。
……………………………………………………

バレンタインデー当日。

シュガーはトレーボルをうまく出し抜いたつもりで、ひとりグリーンビットに訪れていた。

実際には遠方からトレーボルに監視されている挙げ句、ドフラミンゴの耳にもヴェルゴ経由で全てが伝わってしまっているのだが。

バレンタイン特有の緊張感から、そのような状況に気がつける訳もなく──彼女は手に小さな紙袋を持ち、ヴェルゴの到着を待っている。

まさかモネと彼があははなことや、うふふなことをしているとは知らず、シュガーは純粋にパイプ役を受け入れてくれた彼に感謝していた。

そんな彼女を見守っているのは、もちろんトレーボルだけではない。

モネは砂浜に立つ小さな人影をみつけ、クスリと笑う。

この日のために、若様から任されているシーザーの警護を、ベビー5とバッファローに任せていた。

「ねぇ、早く向かって。」

『あぁ、わかっている。わかっているが…』

電伝虫越しに、ヴェルゴが何かを殴り倒していることがわかる。そんな魚放っておけと言いたくなるが、モネはグッとこらえた。

「帰りはちゃんとシュガーを工場まで送ってあげて。」

「あぁ、わかっている。」

「それと…」

「ドフィに説明しろと言いたいんだろう。」

「えぇ。彼女が怒られないようにフォローして。」

柔らかに言い終えた彼女に対して、ヴェルゴはもう聞き飽きたとでも言いたげな溜め息を吐く。

それが気にくわないモネは眉を潜めるが、視線をシュガーへと向けた途端にその表情は緩んだ。

「もう切るぞ。俺は忙しい。」

「好きにして。」

すでに彼に関心はなかった。ヴェルゴは電伝虫越しにもわかるほど寂しがっていたが、そんなことはどうでもいい。

モネはシュガーに夢中だ。

やがて、モネの視界にヴェルゴが入り込む。まだシュガーは彼の存在には気づいておらず、その小さな爪先で砂を弄んでいる。

相変わらずの可愛さに目尻を下げるモネだったが、シュガーがヴェルゴに気がついた時、表情を険しくした。

なにせ、彼の存在に気がついた途端、シュガーははにかんだ表情を浮かべ、ヴェルゴに駆け寄ったのだ。

「まさか…」

モネは小さく呟く。

直接渡すのが恥ずかしいから、わざわざヴェルゴをパイプ役として任命したのだろう。そう思ったからこそ、あんなことやこんなことをしてまで、ヴェルゴを駆り出したと言うのに…

シュガーの本命がヴェルゴですって?

それは全くの勘違いなのだが、興奮状態のモネが落ち着いてその場を静観できるわけがなかった。

向かい合う二人の居る場所へ、彼女は急降下する。

最悪ヴェルゴを殺してしまおう。殺せば自分がシュガーの中で一番の存在になれるはずだ。

モネは物騒なことを考えながら、凄まじい速度で二人へ接近して行くが、ヴェルゴもシュガーも彼女の放つ殺気に気がつかない。

少女の差し出した紙袋を、大男が受け取る。
二人は何やら言葉を交わす。

さらに嫉妬の炎を強くしたモネは、能力のコントロールすらもままならないのか、外気を雪に変化させながら地上に迫った。

上空から迫るただならぬ気配に、最初に気がついたのはトレーボルだ。彼はシュガーに迫るモネをみて、「排除しなくては」と考えた。

なにせシュガーが氷柱に変えられてしまえば、この国は混乱に陥ってしまうのだから。

トレーボルのベタベタがモネに向かって伸びる。しかし、彼女はヴェルゴとシュガーにばかり気を取られていたためそれに気がつかない。

が、ヴェルゴは察していた。

彼はシュガーを抱き上げると、上空から急降下するモネに紙袋ごと投げ渡し、トレーボルに向かって竹竿を飛ばす。

トレーボルからすれば「なぜ!?」だ。

モネとシュガーも状況が汲み取れず、ポカンとしている。

それでもヴェルゴからすれば、モネが攻撃を受けそうになったという事実がある以上、戦わない訳にはいかなかった。

一方のトレーボルも、シュガーがモネによって気絶させられてはたまらない。なんとかヴェルゴを押さえ、シュガーを取り戻さなくてはならなかった。

故に…

トレーボルvsヴェルゴという、なんだかよくわからない戦いが始まってしまった。トレーボルは任務を、ヴェルゴは個人的な感情を。二人は各々の事情のままに戦闘を続ける。

そんな男二人姿は、すでに女たちの眼中ない。

モネにお姫様だっこされたシュガーは、照れ臭そうに目を伏せた。対するモネは、まるで子猫でもみるかのように目尻を下げ、腕の中の幼い少女に温かな視線を送り続ける。

「どうしてここにいるの。」

「さぁ、どうしてかしら。」

「別に逢いたかったわけじゃない。」

「そうね。あなたはヴェルゴを呼んでいたもの。」

わずかに頬を赤く染めるシュガーを、モネはただただ愛でる。可愛くて、可愛くて仕方ない。そういいたげだ。

「この紙袋、私が受け取ってもいいのかしら。」

「ついでよ。別にモネのためだけに作った訳じゃない。」

あからさまに照れながらそんなことを口にするシュガーに、モネは「そう。」と言葉を返し頬を緩める。

「どうして嬉しそうなの。」

「あなたから貰えるものなら、たとえついでても嬉しいもの。」

「陳腐ね。」

本音を語るモネに、素っ気なく答えるシュガーもまた嬉しそうだった。

………………………………………………

「おい、どうしてアイツらが戦っているんだ?」

双眼鏡を持つドフラミンゴがその疑問を口にしたとき、その場にうまく答えられるものはいなかった。

そんな彼の手元には、モネに渡されたものより一回り小さな紙袋が置かれていたことは秘密だ。


END







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