予想外のbirthday.
「あ、あの!!!」
勇気を振り絞って声をあげたイオナに、サンジは気がつかなかった。なぜなら彼の視線も意識も、テラスでのんびり紅茶を啜るナミとロビンへと捧げられていたからだ。
サンジは二人のもとへと歩みより、切り分けたばかりのクラフティと呼ばれるケーキを差し出す。二人と言葉を交わす彼の嬉しそうな横顔みていると、いたたまれなくなった。
イオナが踵を返そうとしたところで、バシッと頭をひっぱたかれる。そんなことをするのはアイツくらいだ。
カッとした彼女は自分よりも遥かに背の高いゾロを睨み付ける。けれど彼は「泣きそうな顔で睨まれてもな。」と呆れ顔。
「泣きそうなんかじゃないし。」
「嘘つけ。今、くそコックにスルーされて放心してたろ。」
「そんな!!! 」
くそう。また全部みられていたか。
ゾロはマリモのくせに勘がいい。察しがいい。その洞察力は戦闘の時にのみ活かしてほしいのだけど、日常的にフルスロットルで活用してくるのでウザいことこの上ない。
「ロビンたちと一緒に茶でも飲んどきゃいいだろ。そしたら黙ってたってアイツは寄ってくんだし…」
勘がよくて、察しがいいくせに気は使えない。声のボリュームを抑えようとしないゾロの腕を引いてリビングから出る。
どのくらい離れたらいいのかはわからないけれど、とりあえず廊下の端までゾロを引っぱって歩く。彼はおもしろいくらい素直についてきてくれた。
「わかったような口に聞かないでよ。」
突き当たりで立ち止まり、呆れ顔のゾロに向かって声を張る。彼は今にも吹き出しそうな顔をした。
「なによ。」
「マジだなぁと思ってな。」
「は?」
「マジなんだろ?」
からかうみたいな調子で言う。たぶんゾロは言わせたいのだろう。「サンジくんのことがマジで好きです。」と。
でも言える訳がなかった。
「ほっといてよ。」
「ほっといたら面白くねぇじゃん。」
「酷い!下衆!変態!」
「はぁ?変態は関係ねぇだろ。」
ゾロがイオナの頭をワシャワシャ掻き回す。せっかくセットした髪が、ボサボサのワシャワシャになってしまった。
「ちょっと、酷い!なんでこんなこと…」
本気で泣きたくなってくる。心も身体(主に頭)もボロボロだ。それでもゾロはからかっているつもりなのか執拗にちょっかいを出してくる。
「やめてよ。痛い…」
「痛いことはしてねぇだろ。 」
髪をワシャワシャしていたはずの手が、いきなり脇腹を掴む。泣いている暇はなかった。もにょもにょと肉を摘ままれ、くすぐったくてしかたない。
「ギャッ!いや、だめ…ッ」
「ほら、ちゃんと笑えよ。」
「ウギャ。ダメ、ほんとやめて…」
イオナは身悶えしながら抵抗する。調子づいたのかゾロは彼女の体を背中から抱き締めるかのようにマウントを取り、さらに脇腹をくすぐり続けた。
「やだ。ほんとだめ…」
「じゃあ、もう湿っぽい顔するなよ。」
「わかった、わかったから…」
そこまで口にして気がついた。
二人がじゃれているそのすぐ側まで、サンジが歩み寄ってきていたことに。慌てて身体を離したところで、後の祭りだ。
「ずいぶんと仲がいいんだね。」
「あの。いや、これは…」
引きつった笑顔のサンジと、唖然とするイオナ。ばつの悪そうな顔で、後ろ頭を掻くゾロ。状況は最悪だ。
「一緒にクラフティを食べようかと思ったんだけど、取り込み中なら…」
サンジの目がほんの一瞬、ゾロをとらえた。その途端に「取り込んではねぇよ。」とゾロが言う。
バチバチしている。
その言葉がピッタリなシチュエーションだ。
「あの、わ、私…」
「イオナちゃん、また落ち着いたらでいいから、後で一緒にケーキを食べよう。」
「落ち着いたらって、えっと…」
無骨な筋肉バカとの会話は余裕なのに、洗練された王子さまタイプのサンジとは上手く会話ができない。
イオナは言葉に困り、何故かゾロへと視線を向けてしまう。ゾロはゾロでまさか話を振られるとは思っていなかったようで「あ?俺!?」と困惑。
そんな二人のやり取りをみてサンジはどうおもったのか、「それじゃあ、あとで。」と足早にその場から離れてしまった。
「どうしよう… 」
「とりあえず、髪直してこいよ。すげぇ酷いぞ。」
「やったのはゾロじゃん。」
ムッとする元気もない。ボサボサになった髪を手櫛で調えていると、身を屈めたゾロがグッと顔を寄せてくる。
「なによ…」
「もっと頑張れよ。」
「だって。」
近い。ずいぶんと顔が近い。
目と目を合わせ続けている訳にもいかず、イオナは視線を伏せた。できる限り伏せた。
それがいけなかったのだろう。
唇に熱く湿っぽいものが重なった。
状況を理解するのに一秒。
腕を名一杯伸ばして彼を突き飛ばすのに二秒。
「な、なんてことすんの!?」
「別に。」
「ひ、酷い!お嫁に行けないじゃん!」
「どうせ今のままじゃいけねぇだろ。」
「はぁ?」
悪びれた様子もなくゾロは笑う。イオナは拳をゾロの熱い胸板に叩き込む。
「酷い!酷い!酷い!」と。
「いいから早く髪直して王子さまんとこ行ってこいよ。」
「バカ!ゾロなんてどうせ早漏だし!」
「だからそれ関係ねぇだろ。」
踵を返してその場を離れる。ゾロにこういうことをされるのはもう何度目だろう。
わかっている。わかっているのだ。
アイツがマジなことはわかっているのだ。
イオナは乱暴に手の甲で涙を拭いながら階段を駆け降りる。女部屋に入った頃には鼻水が駄々漏れだった。
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