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お願いNew Year.

ドアの向こうで鳴った玄関の閉まる音を聞いた時、シュガーの中で何かが壊れた。

(モネなんて…)

もしかしたら叱られたかったのかもしれない。わがまま言わないのと諌めてほしかったのかもしれない。

サンタクロースなんていないと姉の口から聞きたかったのかもしれない。いつまでも信じているフリをして姉を欺いていることへの罪悪感に耐えられなくなったのかもしれない。

別に猫のぬいぐるみなんて欲しくない。これまで通りのいい子なんて続ける必要は…

「あぁぁぁあああああああああーッ」

別にいい子を演じていたつもりはないものの、心のどこかで疑問を感じていたのだろうか。

いつも穏やかなモネが大好きで、優しいモネが大好きで──そんな彼女の隣が心地いいはずなのに、どこか物足りなくて。

「もういいんだ、もういいんだ…」

モネが出ていった。

いつもならどこに行くのか。どのくらいで帰ってくるのかを告げて部屋を出る彼女が何も言わないで出ていった。

それについてシュガーが"見放された"と思わないわけがなく

その日から彼女の生活のすべてが変わった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

リビングのソファで寝転がり、漫画を読みながらお菓子を食べる。ボロボロと溢れるビスケットのかすをその小さな手でハラハラと床へ落とし、ペットボトルに直にストローを差してチューッとジュースを吸い上げる。

きっちりとしつけられたシュガーにとって、そんなことですらちょっとした冒険をするような高揚感で満たされる。

ちょっとしたスリルはまっすくで穏やかだった彼女の脳にぞくぞくする刺激を微量ずつ与え続け──その心地よさはまるで麻薬のように依存性を高めてくる。

少しずつ、少しずつ行動は酷くなる。

初日はリビングを散々散らかし、テレビをつけたまま眠った。翌日はキッチンを物色し使用し、片付けもせずそのま。その翌日はモネの部屋にある化粧品にまで手をつけた。

日が経つにつれてモネの戻らない不安感は強くなる。それを埋めるように自由奔放な行動を増やしていく。

まるで悪循環なそれは30日の夜まで行われ─脱ぎ散らかしたものや、読み漁った漫画、空のペットボトルにお菓子の袋により─いよいよ足の踏み場が見当たらなくなっていた。

そこで初めてシュガーは気がつく。

このままではいけない。と。

今まで片付けなんてろくにしたことがなかった。ゴミの分別はおろか、洗濯機の使い方も、掃除機のかけ方も、ぞうきんの絞り方だってわからない。

モネが出すお菓子はお皿に乗せられていたし、ジュースはグラスに注がれて差し出されていた。

ピザなんて頼まなくても、お店のよりずっと温かくてシュガー好みのピザを焼いてくれていたことを思い出し目頭がカッと熱くなる。

洋服だって脱衣所に脱いでおけば翌日の夜には綺麗に畳まれて部屋に戻ってきていて、それが当然で当たり前の生活で…。

「モネ、どうして…」

連絡の1つもなく、あの日喧嘩したまま出ていったままの姉の姿を瞼に映し、自分は捨てられてしまったのだろうかと心を痛める。

ずっと泣いていればいつか冷たい手が柔らかく髪をすいてくれる気がしたけれど、そんなことはまずなく余計に孤独を強めるだけ。

「帰ってきて…。モネ。ごめんなさい。」

ひとりで出来ることなんて限られていた。なんとか見つけ出したごみ袋にペットボトルを突っ込み、お菓子のごみを突っ込み。

脱いだ服は脱衣所に運び、漫画や雑誌はちゃんと本棚に片付けた。

こんなことをしたからといって戻ってきてくれるとは思えないが、それでもこうやって少しでもいい子にしていればと期待しているのもたしか。

「モネ、、逢いたい…」

小さくひとりごちても、その声はシーンと音のなる部屋で虚しく響くだけ。

もう帰ってこないかもしれない。愛想を尽かされてしまったのかもしれない。そう思うと辛くて、苦しくて仕方ない。

それと同時に、いつも傍にいてくれたモネの優しさがジンジンと身に染みて、申し訳無さで胸が詰まった。

「ごめんなさい…、ごめんなさい…」

モネの身長に合わせて設置されたシンクは、シュガーの身長では使いにくい。

それでもめいいっぱい爪先だって、流しに溜まった食器を涙を流しながら洗うのは早くモネに帰ってきてもらいたいから。

「いい子にする。いい子にするから…」

サンタクロースはいない。

それは8つの時に知ったこと。

それでもシュガーは願った。

もうクリスマスではないけれど、それでもサンタクロースに願い続けた。

早くモネに逢って謝りたいと。

もっといい子にするから、ちゃんと家事も手伝うから、戻ってきてほしいと。

自業自得とはいえ、そんないたいけな少女の思いは届くのか─。



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