その他 | ナノ

モネは必ず血相を消えて迎えに来るだろう。

男の部屋に逃げ込むようなマネを、あの姉が快諾する訳がない。シュガーはそう考え、グラデウスのベッドでモネの登場を待ち構えていたのだが、迎えは一向に現れない。

いい加減、男臭い部屋に飽きてきた。

なにより、ソファで眠るグラデウスの寝息が煩くて仕方なく、また慣れない枕で寝られる訳もなく──シュガーはイライラと身体を起こす。

慣れないベッドにいたからか、身体のあちこちに違和感を覚える。高級思考の姉に育てられたシュガーにとって、安物のシーツの感触は(無意識ながらに)不快感そのものだった。

彼女は空っぽになったかごを抱える。

─そろそろ自室に帰ろう。

普段から地獄の果てまで追ってくるタイプのモネが、今日は不気味な程に静寂を保っている。そこに違和感を覚えない訳ではないが、そんな日もあるのかもしれないと勝手に解釈してしまう。

シュガーはかごを持っていない方の手で、先ほどまで頭を乗せていた枕の端を握りしめる。そして、なんとも無防備にグースカといびきをかくグラデウスに向かって叩きつけた。

いくら児童体型とはいえ、年頃の娘が同じ部屋にいるというのに、緊張すらしないこの男は死ねばいい。なんとも自分勝手な八つ当たりだが、わりかしシュガーは本気だ。

枕を顔面に食らったグラデウスはウグッと小さく呻いたものの、その数秒後には再び盛大ないびきをかき始める。

その態度がまた気に入らず、じっとりした目を男へ向け、小さく舌打ちするシュガー。その愛くるしいルックスにはどうにも似合わない行為だったが、一周回ってなんだかかわいいのも確か。

しばらくの間、いびきをかき続けるグラデウスを睨み付けていた彼女は、小さく「死ね」と呟いた後、きびすを返す。もちろん、彼が反応することもなく、引き留めてもくれない。

そこにさらに苛立ちを覚えたシュガーはトテトテとドアへと歩み寄り、ノブに手をかけた。

刹那─

シュガーを襲う、爆音。そして、爆風。

ドアと共に後方へと吹き飛ばされたシュガーを抱き止めたのは、コンマ一秒の早業で飛び起きたグラデウス。特攻訓練を受けているだけあり、その反射神経は本物で、なおかつ、対応は適切だった。

どうしてドアが吹き飛んだの?

グラデウスの瞬発力により無傷だったシュガーは、そればかりを考える。普段から危機感が薄いせいか、この期に及んでも「身を守る術」については一切考えようとしない。

そんな彼女のことをどう思っているのか、グラデウスはシュガーを抱き抱えたままに廊下の方へと歩を進める。

本来ならばシュガーを部屋の隅に隠した後に確認した方がいいのだろうが、すでに部屋のあちこちに遠隔操作の出来る爆弾が仕込まれている可能性がある。襲撃を受けた側からすれば、無防備な上、警戒心の薄いシュガーから離れる訳にはいかなかった。

もし2発目の爆撃があったとしても、自分が盾トなりシュガーを守ればいい。そこまで考えていたグラディウスだったのだが──
………………………………………………:………………………

いつまでグラディウスの部屋にいるつもりなのか。

グラディウスの部屋の前に設置されたカメラから送られてくる映像を、モネは睨み付ける。

個人の部屋の中の映像を盗み見るのは不可能だが、共用部分の今現在の映像ならばハッキングは容易い。ヴィオラはいい顔をしないだろうが、彼女の気持ちなどモネにとってはどうでもいいものだった。

そう。現在モネが気にかけているのは…

「あの男はシュガーのなんなの?」

グラディウスとモネは、あまり折り合いがよくない。なにがダメということもないが、初対面から互いにいい印象を受けなかったし、最初の挨拶以降も信頼関係を深めるきっかけのようなものは何一つなかった。

それなのにシュガーは何故かグラディウスになついている。なついているどころか、若干ではあるが、信頼を寄せているように見える。それがおもしろくない。

自分以外の人間にシュガーが心を開く。しかもその相手は、自分のよく知らない謎の男。この状況を許せる訳がなかった。たまらない。たまらなく腹が立つ。

もうすでに巨峰のことなどどうでもいい。

嫉妬にも似た感情を振りかざし、モネはとある場所へと向かった。そしてその数分後、グラディウスの部屋のドアは爆破された。
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「誰だ?」

腕の中で小さくなるシュガーを抱えたままのグラディウスは、爆破によって煙の立つドアから廊下を覗く。砂埃のせいで前はハッキリと見えないが、そこに人影があることは明白だ。

彼は少女を抱きしめていた腕に、さらに力を込める。シュガーは小さく呻くが、それでもグラディウスは力を弱めない。

「おい、誰だ?」

「誰だ?って…誰かに名前をたずねる時は、まず自分が名乗るべきなんじゃないかしら。」

妖艶な響きのある声音。その声は耳辺りが生らかで、美しい響きだったというのに、どこか強い殺意を感じさせられる。めんどくさいことになったとグラディウスは頭を抱えたくなるが、もう一人、妙なリアクションを取ったものがいた。

「モネ…?モネなの!?」

普段の小生意気な印象とは異なる、子猫のような甘い声でシュガーが姉の名前を繰り返す。グラディウスはその声が自分の腕の中から聞こえたことに驚き、慌てて彼女から身体を離す。

「グラディウス。あなた、シュガーになにしたの?」

「何って俺は…」

なにもしていないに決まっているじゃないか。と言いたいところだが、抱きしめていたところを見られてしまった以上、一から順を追って話すべきなのだろうかと考える。

が、その思考を巡らせていたほんの数秒の間が命取りとなってしまった。

「言えないことをしていたのね?」

「…は?」

「私に言えないようなことをしていたから、あなたは今、口ごもっているんでしょう?」

「いや、待て。どんな勘違いの仕方をすれば─」

「言い訳は聞きたくないわ。"シュガーを独り占めしたいからってドアを爆破させるなんて"、あなたほんとに狂ってるわね。」

「は?」

グラディウスは身に覚えのない中傷により、さらにフリーズした。どう考えても、ドアを爆破させたのはモネだ。外からの爆風でシュガーが吹き飛んだのだから間違いない。

けれど、モネはまるでその事実を摩り替え、情報をコントロールしようとしており──

「変態。」

シュガーはグラデウスを睨み付ける。気がつけばずいぶんと距離を取られている。きっとモネの発言のほとんどを真に受けたのだろう。

「違う!」

反射的に否定するグラデウス。しかし、その必死さがさらにシュガーに悪い印象を与えてしまったらしい。彼女は自身の身を守るように自分の身体を抱きしめ、後ずさりを繰り返す。

「シュガー。いくらなんでも変態に頼るような真似はよくないわ。」

猫撫で声でモネが言う。シュガーはモネとグラデウス、両方を警戒している様子で距離を取り続ける。

グラデウスは誤解を解くべく語りかけ、モネは誘拐でもするつもりなのかと思うほど都合のいい台詞ばかりを語りかける。

双方から全く違う語り口でたくさんの言葉をかけられ続けるシュガーの表情が、次第に強張ってくる。それは年相応の少女の顔だった。

「誤解だ。俺は別にお前をどうこうしようなんてしてないだろう?指一本触れてねぇよな?な?」

「シュガー。もう巨峰のことはいいのよ。そんなことより、今日は一緒に寝ましょう。」

結果としては、二人とも信用ならない。そう思ったのだろう。シュガーはある程度距離を取ったところで踵を返すと、ものすごい速度で駆け出した。

モネは困惑するグラデウスを尻目にフフンっと鼻先で笑う。そして「あなたにだけはあげないわ。」と言い残すと、落ち着いた足取りでシュガーの後を追った。

巻き込まれただけにも関わらず、とんでもない誤解までされてしまった。決して下心などなく、むしろ迷惑だと思っていたほどなのに、何故こんなことになってしまったのか。

グラデウスは破壊されたドアをみつめ、深い溜め息をつく。この翌日、映像データの改竄により、ドア破壊はおろか、巨峰泥棒の濡れ衣まで被せられるとも知らず、彼はただ無防備に項垂れていた。

END


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