警備室
突然部屋を訪れたモネに対して、ヴィオラは不快感を隠そうとしない。ネグリジェのままの姿で、モニターが何十台と並ぶ部屋のディスクチェアで足を組んでいる。その表情はあからさまに不機嫌で、彼女に叩き起こされたことは明白だ。
対するモネは、出入り口のドアの前で腕を組み、微笑を浮かべていた。その立ち姿は妖艶で、そこらの男ならば寝起きであってもコロッとしてしまいそうなほど美しい。
「どうしてもダメなの?」
「何度も言ったじゃない。この建物にあるカメラは、あなたたちの追いかけっこのためのものじゃないわ。」
「だとしても、困っている人がいたなら助けるものじゃない?私たちは仲間なんだから、なおのこと…」
モネがヴィオラに求めたのは、個人に割り当てられた部屋に備え付けられている全ての監視カメラの映像の開示。それらは防犯用という口実の元、部屋の中を閲覧することが可能となっている。
ただし、そのカメラのすべてを管理するヴィオラ自身も、それらの部屋の映像をリアルタイムであれ、録画されたものであれ、勝手に閲覧することは固く禁じられている。
非常事態の時にのみ確認する映像であることを条件に、全員の部屋に設置し、厳重なパスワードで管理。パスワードの流出を防ぐため、定期的にナンバーを変えるほどに厳重な扱いを受けている。
もちろんモネもそのことを知っているはずで、その対象に自身の部屋が含まれていることも理解しているはずだ。
ヴィオラは子供を諭すように言葉を紡ぐ。
「あのね、モネ。あなたは困ってないでしょう?」
「あら。どうしてそう思うの?」
「本当にシュガーを見つけたいのなら、自分の足で探し出そうとするもの。絶対に観られない映像を求めてここへ来るだなんて。あり得ないことよ。」
「絶対に観られない?本当に?」
「えぇ。」
「例外もあるでしょう?」
なにかを匂わせるモネのも物言いに、ヴィオラは眉を潜める。モネの口車に乗ってはいけない。それは長年共に生活をしていれば、自然と理解できてしまうことだ。
ヴィオラはモネから目を離さないようにしつつ、自身の真後ろにある防犯用のスイッチを探す。それを押せば、ヴェルゴとドフラミンゴの部屋に連絡が向かう。
見かけによらずウブなヴェルゴはともかく、若様にさえ知らせてしまえば、モネは規則違反を行おうとしたことに対する罰則をくらうハメになるはず。
そうヴィオラは考えたのだが。
「若様に連絡しても無駄よ?あの方は私のことを罰せない。むしろ、お力添えをしてくださるかも…」
「ハッタリはよしなさい、モネ。」
「ハッタリなんかじゃないわ。だってあの方はシュガーを可愛がってらっしゃるもの。あの子の緊急事態に黙って指をくらえてろだなんて言わないはずよ。」
「緊急事態って、あなた…」
ただ巨峰を盗んで逃げ出しただけにも関わらず、ずいぶんと大層な位置づけだ。どれだけシュガーは箱入り娘なのだろうか。ヴィオラは呆れから、目眩を覚える。
「どちらにしろ全てのカメラの映像を開示することは無理。何台あると思っているの?」
「それもそうね。カメラは諦めるわ。その代わりにそれに見合う成果をよこして。私は急いでいるの。」
「一体あなたは何様なの?」
ヴィオラはイライラしながらも、シュガーの生体情報から彼女の動向を探る。彼女が利用したのがこの建物内の共有部分であれば、全ての行動はセンサーによって記録されているだろう。
この情報の開示も禁止されているが、ヴィオラが確認する分には問題はない。むしろ、"怪しい動き"がないのか監視することもまた彼女の仕事だ。
キーボードーを叩き続ける、細くしなやかな指。カタカタと心地のいいリズムが刻まれるが、ヴィオラの表情は険しいまま。夜中に職務とは異なる仕事をやらされているのだから、それも当然だろう。
彼女はモネから聞かされた話を元に、シュガーが通過したであろうルートを予測する。そこをシュガーが通過したかどうか、データと照らし合わせていくのは酷く骨の折れる作業だ。
それでも仕方がない。モニターの映像を確認すれば一発ではあるが、こんな下らないことのために職務違反をするわけにはいかないのだから。
センサーはシュガーの足取りを記録していた。各部屋にセンサーはないので、どこかの部屋に入った時点で彼女の生体情報をとらえられなくなる。消息が途絶えた場所の近くにシュガーはいるだろう。
根気強く行動を辿った結果、グラデウスの部屋の前でシュガーの生体情報の発信は途絶え、彼女は姿を眩ませた。
ヴィオラは不機嫌な表情のまま、軽く伸びをした後、結果をモネに伝える。
「グラデウスの部屋ね。」
「グラデウス?」
「えぇ。彼の部屋の前で彼女の気配が途絶えた。」
「あら、それは大変ね。」
モネはずいぶんと余裕な表情で、抑揚のない声で言う。ヴィオラからすればどうでもいいことなので、「そうなの。」とだけ返事をして、ベッドに戻ろうとした。のだが。
「まだ寝かせる訳にはいかないわ。」
柔らかな声音で、それでいて乱暴な口調で引き留められる。その時のモネの瞳はどこか怪しい光を放っていた。
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