そうして、イブの夜。
すでにシュガーはベッドの中。いつも通りの時間に入浴を済まし、いつも通りの時間に床に就いた彼女はワクワクしていた。
決してぬいぐるみが楽しみなわけではない。
モネが"買う労力を惜しまなかったという証拠"が手に入ることが嬉しくて仕方なかった。
期待に胸を膨らまし、例年通り眠っているフリをする。
日付が変わるか変わらないかの頃にやってきたモネが枕元にプレゼントを置き、「メリークリスマス」と告げ部屋を出たのを確認してやっと眠りについた。
一週間前。
モネは頭を抱えていた。
シュガーの欲しがっていたそれが安価なぬいぐるみであることを知った時点で、モネの中で『簡単に手に入るもの』 という認識となっていた。
それゆえに買いに行くのを焦ることなく後回し。
いつでも購入できるとあぐらをかいていた結果、どの店舗でも売り切れ。再入荷の見込みもなしという最悪の状況に陥っていた。
どうしましょう。
今までシュガーの欲しがるものを一度も買い与えなかったことなどない。それはモネにとって愛情表現のつもりだった。
うさぎのぬいぐるみを買えないというのは、過去の自分の努力と、サンタクロースを信じるシュガーへの裏切りとなってしまう。
そんなことにはしたくない。
モネは懸命に探し回った。決して高価なものではない、量産型の安価なぬいぐるみのために。
それでも──。
結局見つけることはできなかった。
もう少し高価なものや、珍しいものであったならドフラミンゴの力でなんとか手に入れることが出来たのだろうが。
そうすることも叶わなかった。
代わりのものを用意するという結論に至ったのはイブの数日前で、その時点で選択肢はなかった。
ドフラミンゴの知り合いのテディベア職人が作ったという、高価なキツネのぬいぐるみ。
以前から一点物のテディベアなどを好んで欲しがっていたシュガーなら、この珍しいぬいぐるみの方が喜ぶだろうとそれを選んだのだったが──。
クリスマス当日。
プレゼントのラッピングをほどいたシュガーは、幼かった表情を固くした。
それをみたモネは慌てて声をかける。
「あら、うさぎじゃないのね。」と。
まるでなにも知らなかったかのように、いつも通りの口調で。そんな彼女の態度にシュガーは苛立ちを覚えた。
「知ってたくせに…」
つい口をついてしまう不満。モネは一瞬驚いた顔をした後、慌てていつもの落ち着いた表情を張り付ける。
「どうかしたの?シュガー?」
「どうもしない…。」
普段から素っ気ないシュガーだが、この態度はどうもおかしい。モネはいつも以上に慎重に言葉を選ぶ。
「とってもかわいいキツネね。あなたのお部屋に飾るのにぴったりのデザインだと思うわ。」
普段ならモネの言葉に反抗的な態度など取らないシュガー。しかし彼女の表情は晴れない。それどころか、何か言いたげな表情でジッとモネを見据えている。
「どうしたの、シュガー。」
それでもモネは普段の態度を崩そうとはしなかった。あくまでこのプレゼントはサンタクロースからのものであり、自分は全くなにも知らなかったとでも言うように。
シュガーがいまだサンタクロースを信じていると思っているからこそ、ぬいぐるみについては触れようとしなかった。
そして逆にシュガーはそれが気にくわない。
どうして買えなかったことを素直に謝ってくれないのか。どうしてモネは高価なものばかり買い与えたがるのか。
どうして─。
「私はうさぎがよかったのに…」
「え?」
「モネなんて大嫌い。いつも高価なものばかり…。違うのに。欲しかったのはそんなんじゃないのに…」
グッと涙をこらえるシュガーを前に、モネは今しがた耳にした言葉を咀嚼する。
そして、理解した。
シュガーはすでにサンタクロースの存在など信じていなかったことに。
そして、彼女が信じていたのは自分であったということに。
「ごめんなさい、シュガー。あなたの欲しがっていたぬいぐるみは…」
「大嫌い。モネなんて大嫌い!!!」
声を荒げる妹をみるのは初めて。モネはたじろいでしまう。その隙にシュガーは踵を返して部屋を飛び出した。
(モネなんて大嫌い。居なくなっちゃえ…)
あの日。ほしいと口にした日に買いに走ってくれていたなら、きっと手に入ったはずだ。
モネはそうしなかった。
そうしなかったのは私なんかより、仕事の方が大切だからなんだ。
自室のベッドに飛び込み、枕に顔を伏せたシュガーは声を殺して泣き続けた。
モネなんて…、モネなんて…
「モネなんて居なくなっちゃえ!」
枕に向かって叫んだ言葉。
それはドアの向こうにいたモネにもしっかりと聞こえていた。
「居なくなっちゃえ…か。」
とても、悲しそうにその言葉を繰り返したモネは自嘲めいた笑みを浮かべソッとその場を離れる。
そして振り返ることもなく、ほんの少しの荷物を持って二人で暮らすマンションを後にした。
to be continued.
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