不撓不屈の気持ち
晴れた日の午後。
昼寝から目覚めたばかりの不機嫌なゾロに振り掛かるのは、バカにしたようなナミの声。
「あんたさぁ、ホワイトデーってイベントが存在してることは知ってる?」
「あ?なんだ、いきなり。」
気だるそうに振り返ったゾロは、ナミに視線を向ける。彼女はパラソルのつけられたテーブルの下で海図を眺めており、当たり前のように彼に背を向けていた。
「もしかして知らないの?」
「知らなきゃわりぃかよ。ったく、だいたい人に話しかける時に背中向けたままってどういうことだよ。」
からかいまじりの口調に余計に機嫌を悪くしたゾロは、眉間のシワをいっそう深くしてキッと目を細める。と同時に、苛立ちまじりの重たい空気を撒き散らす。
しかし、彼女に動じる様子はない。
髪をふわぁっとなびかせると、海図をくるくると丸め始める。足元にあった筒にそれを入れ、軽くのびをしたところで、やっと身体を捻るようにして彼の方に視線を向けた。
「クリスマスを忘れてたアンタだもんね。ホワイトデーなんて知ってるわけないか。」
言葉を紡ぎながら前髪をかきあげ、足を組み直す。サンジであれは鼻息フンガのしぐさであるものの、ゾロは気にすることもなく、脇腹辺りをボリボリと掻いていた。
「クリスマスっ…。あ、あれはキリスト信じてる奴らのもんだろ。俺は無信仰だから関係ねぇんだ。」
「無信仰の奴はたいてい祝うものよ。で、ホワイトデーだけど。これはとっても大事なイベント。」
ナミが軽く首の角度を傾け、人差し指を唇の前で左右に揺らす。魅力的なしぐさを、まるで当たり前のようにやってのける彼女は美しい。
が、ゾロはそれを前にしても、あくびをして、頭を掻いて、伸びをして、冷めた目をしている。そんな彼の姿を見てナミはため息をついた。
「ねぇ、アンタってイオナのこと大事じゃないの?」
イオナ…。
その名が出た途端、ゾロは気を張った表情をみせ、片眉をピクリと動かした。
その様子をみたナミは満足げな笑みを浮かべて椅子から立ち上がると、彼に歩み寄る。
「それとホワイトデーになんの関係があるんだよ。」
「バレンタインデーのお返しをする日なの。大事な、恋人のために、プレゼントを送る日ってこと。おわかり?」
彼女の指先がゾロの額を押した。普段なら唾を散らして文句を言う行為であるが、彼は怒る様子もなく立ち尽くしている。完全に意識は別にあるようだった。
「それっていつだよ…」
「そうねぇ、3日後ってとこかしら。」
ナミは指を三本立てると、ゾロの鼻にぶつかりそうなほど近い位置ままで寄せて笑った。視覚から、そして聴覚から流れ込む情報を、きっちりと脳内で受け止める。
3日か…、ん?3日!?
あまりにも現実的で、近すぎる日程にゾロの脳は他のすべての情報と思考を投げ出して、全力で慌てた。
「はぁ?なんでもっと早く言わねぇんだ!せめて島に停泊してるときにでも…って話を聞け!」
「知らないあんたが悪いのよ〜」
気がつけばナミは背を向けて船室へと足を進めており、ネイルで彩られた右手がからかうようヒラヒラと舞っている。
「クソ、アイツわざと…。」
その頭には漆黒の角が、背中には角と同じ色の翼があるように見えるほど、今の彼女は悪魔のような雰囲気を身に纏っていた。
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