君と駆け引き
ボロアパートでも、棲めば都。
彼はこの部屋を気に入っているし、彼が棲むこの部屋はイオナにとっても都だ。
イオナはベッドでグースカ眠るエースを姿をまじまじと眺める。約束は13時だった。そして、今は15時である。
それでも彼女は気にしない。
「エースくーん。」
イビキをかいて眠るエースの鼻先を、ツンツンと突っついてみる。彼はムニムニと口を動かした後、一瞬険しい表情を浮かべる。そのまま起きるのかと思いきや、寝返りを打って再び寝息をたて始める。
別に恋人という訳ではない。
肉体関係があるわけでもない。
ただのすごく気の合う友人。
好きな映画も音楽も漫画も食べ物も、ついでに得意科目も。なんでも同じ。同じだからといって磁石のように反発し合う訳でもなく、むしろ居心地はすごくいい。
同じだからこそ心地がいい。
だから、頻繁に二人で合うようになった。
漫画やCDを貸し借りしたり、映画館に通いつめたり、美味しいお店巡りをしたり。
とにかく一緒にいれば気が楽だった。
それに、バックパッカーの真似事をして二人で海外に行って食あたりを起こしたり、登山で無理をして遭難しかけたり…
到底、普通の人なら付き合いきれないスリルを求める積極性も含めて、二人は息がピッタリなのだ。
『なんで付き合わないの?』
そうよく聞かれる。でもそれは難しい質問だった。なんせ、相手の気持ちを知らないのだから、首を傾げるしかないのだ。
互いに恋人が居た時期もあった。そしてその恋のほとんどが、互いの存在が原因であっけなく終わってしまう。
まるで同性の友達かのように互いの家を行き来し、なによりも互いの用事を優先してしまう『癖』があるのだから仕方ない。
いっこうに目を覚ますことのないエースをよそに、そこらにあった漫画を適当に手に取り、読み始めてから1時間。
16時を過ぎた頃…
「んー。あぁ、イオナ来てたのか?」
「そそ、来てました。」
だるそうに身体を起こしたエースは、お腹をボリボリと掻きながら大あくびをする。たいへんよく眠っていたからか、少しだけ瞼が腫れぼったい。
そんな彼に、レジ袋から取り出したミネラルウォーターを差し出しながらも、イオナは漫画から目を離そうとはしない。
これが日常なのだ。
「はぁ。もう4時かよ。イオナ、いつから来てたんだ?」
「約束は1時だったです〜」
「なんだよ、だったですって。」
受け取った水を一気に半分ほど飲み干した彼は、ケタケタと笑いながらスマホをいじる。
「飯でも食いに行かねぇか?」
「やめとく〜」
いつもならエースの誘いは断らない。
だけど今晩は予定があった。
だからこそ、わざわざ昼間からエースに会いに来ていたのだ。
そんな彼女の気持ちも露知らず、いつもなら乗ってくる食事の誘いを断られたことを、エースは不思議に思った。
「なんか用事か?」
「うん。」
短く返事をしたイオナの姿をみて、彼は驚いた。
彼女はいつもよりちゃんとした格好をしていて、しっかりメイクをしていて、なにより短いスカートを履いている。
男?いや、そんな話は一度も聞いていない。じゃあなんだ?パーティ?にしてはラフすぎじゃねぇか…。
寝ぼけ頭にはてなマークが立ち込めた。
「用事ってなんだ?」
詮索してはいけないとわかっているのに、ついそうしてしまう。どんなに目を背けても、何気ないことに気づかされてしまう自分の気持ちに嫌になる。
「合コン。ナミに誘われたの。」
「なんでまた?」
「なにその質問。私だって合コンに誘われることくらいあるっての。」
「へぇ。」
合コン…。
メラメラと燃え上がるのは嫉妬の炎。
漫画に視線を向けたままの彼女の様子をチラチラとうかがいながら、少しだけ、いや、とてつもなく嫌な気分になった。
「持って帰られんなよ。」
動揺と苛立ちを悟られないように、落ち着いた口調を装い声をかけるけれど、スマホを握る手は軽く震える。
「エースには関係ないじゃん。」
「なんだよ、関係ないって。」
「関係ないもんは、関係ないの。」
これまでの関係を思えばたしかに関係ないのかもれしない。けれど、彼女の口からそう言われるのはたまらない。
エースの中で、プツンと音をたて何かが千切れた。
「はいはいそーかい。」
自分でも驚くほど低い投げやりな声がでる。
ぶつけどころのない苛立ちを抱えたまま、荒々しく立ち上がった彼は、ペットボトルを叩きつけるようにテーブルに置く。
バンッと酷い音が立ち、イオナがビクッとしたのがわかった。それでも、なにか声をかける気にはならず、背を向け浴室に向かう。
「どうしたの?エース。」
「どうもしねぇよ!」
「してんじゃんよー。」
イオナの相変わらずの口調に余計苛立ち、返事もしないで乱暴にドアを閉める。途端に、大きなため息が漏れた。
別に合コンに行くのは、イオナの自由だ。だけど、なんでいちいち自分に報告に来るのか。
「こっちの気も知らねぇで…」
冷たいシャワーが身体の輪郭をなぞるけれど、苛立ったままの心には、いまだに冷たい炎が燃えさかっていた。
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