Mission's | ナノ

後悔すんなよ

飲ますだけ飲まして、酔い潰れた部下のことなどお構い無し。それが社会の常識だというのなら、そんな下らない常識など破綻してしまえばいい。

「ほら、イオナ。しっかり歩け。」

「歩いてうよぉ…」

「あのな、俺のが先輩なんだから敬語を使え。」

「そうカリカリすんなぁ。まりもくーん♪」

確かにいい飲みっぷりだった。女でここまで豪快に飲むヤツは珍しく、また上司からの勧めを断らないその姿勢も見上げたものだ。ただ、その後始末がめんどくさいのであれば、救いようがない。

上司を見送った直後から、緊張の糸がプッツンしてしまったらしく、イオナは常にこの調子。先輩であるゾロがどんなに諭しても、彼女はヘラヘラと笑うばかりで、どうにもならない。

他の同僚たちはイオナの崩れようをみて、厄介事は御免だとでも思ったのか、いそいそと帰ってしまった。

だからと言って、歓楽街に女一人をほったらかす訳にも行かず、ゾロが送って帰ることとなったのだが。

「で、お前んちはどっちだ?」

「うぅーん。どっちだろう。」

「なんで自分ちがわかんねぇんだよ!」

「視界がぁ、ぐるぐる。ぐるぐる〜。」

歩いて帰れる距離ですよ。とイオナが最初に言ったから、ここまで歩いて連れてきた。それにプラスして、歩いているうちに酔いが冷めるかも知れないと期待していたのもある。

しかし、その読みは見事に大外れ。

歩くほどにその酔いはどんどん深くなっており、肩を貸していたゾロにぶら下がっているかのような状態で、立つこともままならない。

道を聞いても「ぐへぇ。」とか「うひゃひゃ。」と言った謎の笑い声によってスルーされてしまうのだから堪らなかった。

ゾロはイオナを担いだまま、スマホを手に取る。自分がよっぽどの方向音痴であることを理解している彼は、無駄に歩き回ることはせず、すぐにタクシーを呼ぶことにしたのだ。

電信柱に書かれている住所をいい、目印になるであろう建物を告げる。その間、イオナは何かの鼻唄を楽しげに口ずさんでいた。

「俺んちで吐くなよ。」

「まりもしぇんぱいんち…」

「なんだよ。文句あんのか?」

「もうっ、エッチなことしちゃダメですからねぇ。」

「お前、今の自分の状態を考えてから言えよ…。」

やけに陽気なイオナ。先輩のゾロが呆れた顔をしているというのにお構いなしで、ニコニコしている。その人懐こい笑顔に持っていかれそうになるが、相手は酔っぱらいだ。

後々何が起こるかわからない。

イオナの部屋が分からない今、ゾロは嫌々ながら彼女を自身の部屋に招くことにした。

ホテルやどこかに泊まらせるという手段もあったが、酔いが冷めた時に自分がどこにいるのかわからない状態になるのは危険だろうと考えた結果だ。

女の身体の作りについてはよくわからないが、酔い冷めたところで、酔いの最中に「ヤってしまったか」「していないか」くらいのことはわかるだろう。

ゾロはそんな安易な発想から、イオナをタクシーに乗せ、自身の家へと連れ帰ることした。
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そうして、それが大きな失敗となる。

タクシーから降りるところからすでに様子はおかしかった。そして部屋に入った途端に、靴も脱がないでべろーんと床に横たわった。

「おい、起きろ。」

「やだぁ…」

「イオナ?おい、イオナ!」

「ん…」

寝に入るタイミングはもっと他にあっただろう。タクシーの中では饒舌だったイオナが、何故か玄関で寝に落ちた。

まるで全ての悪意を許してくれそうな、健やかな寝顔。スゥースゥーと落ち着いた寝息は、酔っぱらいのものもは思えないほど穏やかだ。

どうしたものか。

ゾロ自身も充分に酒を飲んでいた。完全に酔いが回るほどではなく、程よく高揚する程度に。

酒に強いためにその場でグダることも、後に残ることもないが、それでも血の巡りは良くなっている。身体も火照っている。

ドクンドクンと大袈裟に脈を打つのは、きっと酔いのせいだろう。なんとなく手に汗握るのも、酔いのせいだ。

イオナの寝姿に釘付けたまま、そんな言い訳がましいことを考えるゾロ。なんとなく抱き抱えるのは良くない気がして、もう一度華奢な肩を揺すり、声をかけた。

「おい、起きろ。イオナ…」

「ん、、んー。」

「呻いてないで起きろよ。」

「やだぁ…」

まるで登校拒否する子供みたいだ。ダンゴムシのように丸くなって、耳を塞いでしまう。どんなに揺すっても、その体勢を崩すことはなく、小さく呻き拒絶を繰り返すばかり。

このままでは自分が眠れない。明日の朝、困ったことになってしまう。

焦り半分、呆れ半分の表情で、ゾロはイオナを、ひょいと抱き抱えた。服の上からでもわかる、女性特有の柔らかな感触。思ったよりも重量があるが、それは決して嫌な重みではない。ヘアコロンの香りなのか、フルーティーな香りが鼻孔をくすぐる。

(あぁ、クソ…)

胸中でゾロはぼやく。
ここのところご無沙汰であるせいか、身体は無邪気に反応を示す。相手が後輩であるとか、同僚であるとかは、全く関係なしだ。

堅い廊下から引き離されたことに何か違和感を感じたのか、イオナは「うへっ」と変な声を上げるが、そんなことはおかまいなしに寝室へと運ぶ。

今朝、起きた時のままのベッド。決して綺麗とは言えないが、シーツを整えている暇はない。なにより、酔っぱらいに文句など言えないはずだ。

ゾロはソッとイオナをベッドに寝かせる。ベッドと彼女に挟まれた腕を引き抜く時、やけに顔の距離が近くなってしまう。

おまけにイオナが無防備に身体を開いて見せる。そんなものは目に毒だ。普段から好意があったわけでもない相手に、"こんなときだけ"ドキドキするなんて馬鹿げている。

自制心と本能の狭間で格闘する。ただの寝顔だというのに、ずいぶんと甘えて見えるのは何故だろうか。

ゾロは理性を保つため、首をぶんぶんと左右に振る。この感情は今だけだ。明日になればなんともない、ただの先輩後輩の関係に戻れるはずだ。

自分自身に言い聞かせるように脳内で繰り返す。前屈みだった身体を起こそうとしたところで、イオナの腕が突如首に絡み付いてきた。

「おい!?」

慌てた声をあげるもすでに遅し。無防備だった彼の身体は、イオナに引き寄せられる。そして─

唇にぷにゅりとした柔らかな感触が押し当てられる。抵抗するにしきれず、ただ目を丸くするゾロ。アルコールに混じる甘い香りに、脳ミソがクラクラした。

どのくらいそうしていたのか。

ゆっくりと離れた唇に、今だその柔らかな感触と温もりが残る。思わず手の甲で拭ってしまうが、それでもその名残りが消えてしまうことはない。

動揺するゾロに対して、仕掛けたイオナは寝ているのか、起きているのかもわからない、まるで寝ぼけた調子で言う。

「ごちそーさまでした。」と。

鳴り止まない鼓動。脳内でその甘さだけが響く。
どうしようもないほどに感情の昂りを感じ、血がたぎるその感覚に全身の火照りは一層強くなる。

酔いが冷めた時、明日の朝、イオナはこのことを覚えているのだろうか。記憶にないと言われてしまうのだろうか。

一方的にやられっぱなしで終わるのだろうか─

「それじゃ、おもしろくねぇよな。」

ゾロはポツリと呟く。

それが言い訳であることを理解していながらも、衝動を抑えることはできなかった。先に引き金を引いたのはイオナの方なのだから。

ベッドに投げ出された華奢な身体に跨がる。マットが沈んだせいか、彼女は小さく唸り寝返りを打とうとする。その動作を肩を抑えることで阻止し、甘い寝息を繰り返す唇に自身のそれを押しつけた。

「んっ…」

苦しそうに呻くイオナ。その首筋にも口づけを落としたゾロは、シャツのボタンを外し、ネクタイを緩める。太い首筋から鎖骨までがチラリが覗く。

この状況においてもイオナはまだ無防備に、柔らかな呼吸を繰り返している。それがまたもどかしく、なんとも言えない背徳感に感情のざわめきが強くなる。

「後悔すんなよ。」

果たして、その台詞は誰に向けられたものなのか。

ゾロはイオナのブラウスのボタンに指をかけた。





END

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