絶賛片想い
なんで、なんで、なんで…
テーブルを指先でコンコンと忙しく叩く音は辺りの喧騒で掻き消されるけれど、彼の動揺を沈めてくれるものはいない。
「どうしたんです?シャンクスさーん。」
「うっせぇ、黙って盛り上がってろ。」
「黙ってたら盛り上がれないですよー。」
洒落た店で飲みたいなんて言い出した、若い後輩たちを連れてやって来たホテルのビアホール。
出来上がった彼らの言葉に返事をしながら、彼は少し離れたテーブル席を眺める。そこにいるのは、同世代の男たちと酒を酌み交わす顔見知りの少女。
いや、彼女はもう成人しているから、少女とは言わないかもしれない。
『イオナちゃんどのくらい彼氏いないの?』
『えっと…。1年くらいかな?』
『こんなにかわいいのにー?』
マスコミどもは草食系がなんたらなどと言うけれど、相変わらずあの手の男は絶滅することなくこうした場に現れる。
『お酒強いのー?』
『いえ、そんなには…』
尋問でもするかのようにガツガツと質問を続ける男に、彼女は戸惑いながらも軽くあしらっている。
それでもめげない男の様子に、イライラして仕方がない。
「あれ、シャンクスさん。あの子、居酒屋の…」
「だな。」
「私服もかわいいっすね、やっぱ。」
よく後輩を連れて行く居酒屋の店員。ただの店員。いや、愛嬌と癒しを兼ね備えた、あの店のマドンナ…
「合コンなんて意外っすね。」
「あのぐらいの歳の子なら妥当だろ。」
「若いっていいっすねぇー。」
「お前だって俺から見りゃ、まだ若僧だよ。」
後輩の言葉に大人な対応をしながらも、心の中では年甲斐もなくモヤモヤとした感情と戦っていた。
○●○●○●○●
合コンに行こうだなんて言い出したのは、ルームメイトのナミだった。
「なんで私も参加なの?」
「え?だって彼氏いないじゃん。」
「だからって勝手に…」
1回生の頃は大学の寮に住んでいた二人。門限やらなんたやらに耐えられなくなった彼女に誘われて、2回生になると同時に寮を出た。
それからは、好奇心旺盛なナミにやたらと散々振り回され、やっかいごとに巻き込まれている。
「いいでしょ。居るだけでいいから。」
「でも…」
「1食分食費が浮いて、おまけに彼氏もゲットかもしれないのよ?損なんてないじゃない!」
「え。損得の問題じゃ…」
言いかけてやめた。だめだ。無駄だ。
何年も友達をやっていればわかる。
彼女には、相手の事情や都合っていうのはあまり関係ないのだ。
「と、言うわけで明日、よろしく。」
「明日ってまた急だなあ…」
スケジュール帳を一応開いてみるけれど、もちろん予定なんてない。でも、だからといって?
自問自答に意味なんてない。
ふぅ。と小さくため息が漏れた。
そして、頭の中で記憶の中のあの人が豪快に笑う。
(シャンクスさん…)
これは憧れなのだ。憧れなんだから合コンくらい許される。いや、許す許さないの前に、彼にとって、
(私なんてただの…)
ただのなじみの店にいる、アルバイト店員じゃないか。
心のなかで一人呟いて、勝手に傷ついた。
それを口にするのも躊躇うくらい。いや、言葉に出来ないくらいにその人のことを想っている。
運命の出会いなんて信じてない。
でも、それでも、
恋に落ちたのだから仕方ない。
○●○●○●○●○●
寮を出てから、イオナは生活費のために小さな居酒屋でアルバイトを始めた。
ビールの樽は重いわ、覚えることは多いわ、酔っぱらいに絡まれるわ。
とにかく散々で、毎晩ぐったりで。
初めてのバイトに個人店を選んだことを、失敗したと思い始めた頃に彼は現れた。
「久しぶり、おやっさん。」
「おう、シャンクス。元気だったか?」
店主のことを常連さんや板前さんや、ホールスタッフもみな『おやっさん』と呼ぶ。
常連客の顔を覚えるようにとくどくどと言われていたイオナは、食器を洗っていた手を止め慌てて表に顔を出した。
「あのよぅ、後輩が失恋したんで女の子紹介してほしいっつーんだよ。」
カウンターに腰かけた二人のサラリーマンは、見習いの板前に声をかけている。
「年上がいいんだってよ。若い娘は癇癪起こしてめんどくさいからって。」
「だってそうでしょ。残業の度に浮気疑われたらたまんないっすよ。」
既に飲んできたらしい彼らは、軽快に会話を続ける。
そこへ会話の邪魔にならないように近寄り、手元の割り箸の前にお冷やとお通しを並べていた。
「ヤキモチ妬かれるうちが華だっ…、わっ、悪い。大丈夫か?」
喋りながらグッと伸びをしたシャンクスの拳になにかが当たった。と、言うより、拳がなにかを勢い良く殴った。
彼は慌てた様子で後ろを振り向き、そして視線を床へと向けた。
「だいじょーぶれす…。」
そこに居たのは鼻を押さえた少女で、涙を滲ませたような声を漏らす。
「いや、ほんとにすまん。」
「だ、だいじょーぶれすかりゃ…」
「いやいや、鼻血出てるぞ。ヤバイって…」
これが二人の出逢い。
その時、イオナの目には涙が溜まっていたし、痛みで頭がクラクラしていたしであまりその人のことを意識することもなかったのだが。
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