「へぇ、それじゃあ…」
「だから、辞書を引けと」
「単語がわからないのに、どうやって辞書を引くの?キャプテンってばお馬鹿さんなんだから!」
「おい、イオナ。馬鹿は訂正しろ。」
3ページ6問目へと突入したクロスワードは、ほぼローが解いたも言っても過言ではない。しかし、彼女は楽しげに次から次へとローに質問を投げ掛ける。
「馬鹿じゃなくて、お馬鹿さんです。さんってつけて、敬意込めてますから。」
イオナはそう言葉を弾ませると、彼の顔を覗き込み、冷たい人指し指で鼻をツンツンつつく。ローは視線をサッと伏せ、赤面した顔を頬杖をついて隠した。
それをみて彼女は笑う。
「キャプテン!キャプテン!キャプテン!」
「なんだ?」
「なんでもないですっ。」
「バカにしてるのか?」
「違うんですよ。愛でてるの。ギャップがかわいいなあって思ってるんです。」
「なっ…。」
ローは思わず絶句した。
幼少期にかわいいと言われたことなら確かにある。だが、あれは幼き姿があったからで…。この歳になって、しかも、意中の女に言われるとは思ってもなかった。全身の血が激しく熱く巡る。
が、彼女はそれに気がついた様子もなく続ける。
「キャプテンの博学さとかっこよさについて行きたいって思ったけど、ここで母性本能をくすぐられるとはおもわなかった。
やっぱり船長が大好きです、私。」
ローの、脳は恐ろしいほどのスピードで情報を整理しようと動き始める。
大好きの意味。
つまり、慕われている?
それは確かだろう。で、なんだ。
義理チョコってなんなんだ?
男としては見てない。
ただ人としてリスペクトしている。
つまり…、脈がない?
打算的な考え方をすればここはなんとなく切り抜けるに越したことはない。これで勘違いなら自分はきっと、大恥をかくこととなる。
わずか1秒に満たない時間で簡潔な答えを導きだした彼は一言。
「そうか。」
とだけ口にした。それにたいしてイオナはまた笑う。
「大好きって言われたら、ありがとうって言わないと。キャプテン、とんだ野暮てんじゃあないですか。」
ポンと太ももに触れた手は、デニム生地越しにも冷たく感じた。途端、打算的な答えを操作する理性は音を立てることなく消滅する。
「そうか、なら…」
宙にあった冷たい手に触れるとやはり冷たく、少しだけ柔らかかった。
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