Mission's | ナノ

ガチャガチャと食器のぶつかる音が響く。うっすらと瞼を持ち上げると、寝室の電灯が視界に入った。電気は灯っておらず、リビングから差し込む光でなんとか辺りが見渡せる程度の明るさ。

身体にはタオルが巻かれていて、布団はかけられていなかった。窓はわずかにすかされていて、冷たい風が頬を撫でる。少し肌寒かった。

正直、わけがわからない。

ゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡して、いつもの寝室を確認しながら大きく首をかしげる。

その時。

わずかに開いていたドアがスぅーっと開き、仕事が忙しいはずの恋人が顔を覗かせた。

「よう。忍者ごっこでもしてたのか?」

突然ぶつけられた言葉の妙なセンスに、イオナは状況を忘れて吹き出した。

シャンクスいわく、あの物音は強姦魔ではなく彼の立てた音で、真っ暗な浴室で逆上せていたか、眠っていたかしていたのをベッドに運んだのも彼らしい。

「あれ?でも、仕事は?」

なんて間抜けなんだろう。今聞くべきところはそこではない。そう気がついたのは言い終わった後だった。

「今日はたまたま早く終わっだ。んなことより、玄関、鍵開けっぱなしなんて無用心だぞ。疲れてんじゃねぇのか?」

「あぁ、疲れてはないけど…」

ベッドの脇に腰かけた彼の手が、そっと髪を撫でる。肘までシャツを折りあげた姿の生活感に溢れている感じは、よそ行きのときのカチッとした感じとは異なるかっこよさ。

見慣れているはずだというのに、久しぶりのことだからか胸がポッと熱くなる。

「けど。で、止められたら。気になっちまうだろ?どうかしたか?」

こちらに向かって笑いかける表情は、決して後ろめたさなんて感じられない。再び頭をよぎった浮気という言葉は、抹消されるほどいつもの優しい彼がここにいる。

じゃあ、あのよそよそしさはなんだったんだろう。自分の中での疑いが晴れると、今度は聞いてみたくて仕方なくなってしまう。

「この時期忙しいのは知ってんだけどさ。久しぶりに会えても、シャンクスったら落ち着きがなかったり、よそよそしかったり。だから、浮気でもしてんのかなって…。」

言葉の後半はゴニョゴニョと音が漏れるような情けない口調になったのに対して、シャンクスは声を出して笑いながら言う。

「んなことあるわけねぇだろ。イオナの指輪のサイズ聞き出したり、サプライズの内容をって…あ!ぁあ!!!」

慌てて自分の口を押さえた彼を見つめながら、先ほどの言葉に出てきた単語を頭の中に浮かべて整理する。

指輪?サプライズ?

まるで思い当たる節のない単語に「どういうこと?」と思わず声がでた。本気でわからないといった様子のイオナを見てシャンクスはドキドキする胸を押さえながら言う。

「いや、あれだ。ホワイトデーに、ちょっとしたプレゼントをしようと思ってたんだ。でも、なんかこう、あれだろ?ダイヤなんて買うのは初めてのことだし…」

い、今、サラッと本題に触れたよね。

まったく予兆がなかった上での、突然のプロポーズ宣告にイオナの身体は熱くなる。そんな彼女の動揺を知ることなく、気持ちが高揚しきったシャンクスは続ける。

「そのことばっかり考えてたからつい、気持ちここにあらずになるっつーか。イオナを愛してるからこそだぞ。これは。早いとこ籍入れちまいたいくらい好きなんだ。だから、浮気なんて…。」

なんでも器用にこなすクセに、サプライズの内容を駄々漏れにする恋人の言葉を聞きながら、イオナは瞳を揺らしていた。

喉元で空気が詰まってしまうほどに込み上げ始めた感情を、押さえることはできそうにない。

「そーだね。疑ってごめんね。それと…」

顔を真っ赤にしながらも、白い歯をめいいっぱい見せて笑う彼の首に腕を絡ませ、目線が同じになるように額をくっつけた。瞳を覗き込み、覗き込まれて、自然と笑顔が重なった。

いつもよりも額が熱く感じるのは照れているからだろうか。でも、それ以上に胸が熱くて仕方ない。涙腺が熱で崩壊しそうで仕方がない。

心がはち切れそうで…。

「いっぱい愛してくれてありがとう。」

「いやぁ、まだ愛し足りてねぇよ。」

ちょっぴりムードの足りない食いぎみの返答に吹き出してしまったイオナをみて、彼はいつも通りに悪戯に笑う。

ちゃんとした部分では大人で、ときどき妙に子供っぽくて。そんなシャンクスは、彼女のこのおおらかさが好きで仕方ない。

高鳴った2つの鼓動は鳴り止まない。

ういういしい恋人同士のように、熱い視線で言葉を交わし、熱っぽい口づけを皮切りに深い間の契りの海に流されて行く。

そんな二人の恋愛ホルモンはまだまだ分泌中。








翌日。

シャンクスはいつも以上に素晴らしいテンションで出社していた。そして、お気に入りの部下を見つけるなり、興奮ぎみに言葉をぶつける。

「やべぇよ、エース。俺もまだまだ現役だな。おい。」

「なんすか?朝から。」

「5回だぞ。朝の入れたら6回だ。」

ドヤと言わんばかりの笑顔に、残業徹夜コースだったエースはただあっけに取られ、しばらく硬直した後、冷めた声でこたえる。

「その微妙な下ネタ、どうかわしたら…」

「かわすな、受け止めろ!いやぁ、こんな頑張ったのは10代ぶりじゃねぇか。ったく、かわいくて仕方ねぇんだよ。」

「あ、はい。」

「はいじゃねぇよ。ほんと、早く俺の嫁がって周りに言いてぇなあ。いや、妻が正解か。あぁ、たまんねぇなあ…。」

呆れと苛立ちを全面に押し出している部下に、無言でUSBを差し出されているシャンクスはまだ気がついていない。

ホワイトデーに行うサプライズの内容が、プロポーズだとバレているということに。


The next story is Ace.

prev | next