一方。
シャンクスとエースは昼休みを利用して定食屋にやってきていた。
「シャンクスさん、気持ち悪いんで、ニヤニヤするのやめてもらえます?」
「そんな口元緩んでるか?」
「ダルダルに緩んでるっすよ。」
「俺もまだまだガキだなあ。」
「いやいや、充分おっさんですから。」
これじゃあまるで、エースがお世話係である。
彼は呆れた表情のまま、お冷やの入った冷たいコップを口に運ぶ。寒い季節であるものの、暖房で温もり過ぎたオフィスで働いている分、身体は水分を欲していた。冷たい流れが食道を伝い、体に吸い込まれてゆく。
「イオナさんとうまくいってるみたいですね、相変わらず。」
「うまく行ってなきゃおれは死んでるよ。」
「んな、大袈裟な。」
エースからしてみれば入社してからずっと面倒を見てもらっている上司が、恋愛でとろけそうになってる姿は少しばかり痛々しい。でも、そんな彼の真っ直ぐさは尊敬していたし、万年フリーの自分も見習いたいとも思っていた。
定食を食べ終わる頃、少しだけ慎重な面持ちのシャンクスが口を開く。
「最近仕事が忙しいからな。今晩辺り家に行ってやりてぇんだけど。」
「はいはい。残ってる仕事は俺が片付けるんで、シャンクスさんは定時でお帰りくださいませ。です。」
「皮肉だなあ。エースは皮肉だ。かわいい後輩をもって俺は幸せだ。」
きっといつか自分にそんな時がきたら、この上司も全力でサポートしてくれるだろうと信じて、自分もこの人のために一役買って出てみた。
もちろん、いままでの恩返しでもある。
なにより、この日飲んだ味噌汁は妙に甘い気がした。
定時刻。
「それじゃあ俺は上がるぞ!」
あきらかに早い時間から帰る支度をしていたことがわかるほどに、音速で会社から立ち去るシャンクスを、彼の部下たちは苦笑いを浮かべて見送った。
スキップでもし始めてしまいそうなほど上機嫌なシャンクスは、花屋で花を買い、百貨店で食べきれないほどの惣菜を買う。
前もって早く終わるとわかってたら、映画でも観に行けたんだけど。などと考えながら、コンビニで売っている洋画の中からマシそうなのを1枚購入してイオナの家へと向かった。
その頃。
帰宅してすぐに半身浴を始めたイオナの頭の中を駆け巡るのは。
浮気、浮気、浮気、浮気…。
この二文字だった。
繋ぎ止める作戦実行より、まずは問い詰める方が先なのだろうか。いや、でも、怪しいと言うだけで問い詰めるのは信頼関係を崩してしまう。
でも知らないふりをし続けて、良い歳して捨てられてフリーなんてなったら、死刑宣告されたような…
って、もう浮気したって設定で話が進んでるではないか。口元まで水面に沈め、ブクブクと泡を吐き出して、首を左右に振って。
その時、ドアの向こう、部屋の奥でガタンッと、物音が聞こえた気がした。
ん?
誰かいる?
このマンションの鍵穴は特別で、複製できない代わりにピッキング行為が不可能というのが売りであったことを思い出しつつ、帰宅してからの記憶を遡る。
「あっ!」
小さく悲鳴をあげて、慌てて口を両手で押さえた。
鍵、閉めてない…
あまりにシャンクスのことを考えすぎていて、なんにも考えずに浴室に直行してしまっていたことを思い出したのだった。
気のせいであって欲しいと願いながら、恐る恐る耳を澄ますと、フローリングの上で椅子を動かしている音がして…。
やばい…。やっぱり誰かいる。
ここのところこの辺りで、独り暮らしの女の人を狙った強盗強姦事件が多発しているらしいというのは、公然の事実で、それを知っていたのに鍵を閉め忘れたなんて。
慌ててリモコンを手に取り、浴室の電気を消して40℃の湯船の中で息を潜めた。
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