その頃。
「あの女、俺に嘘つきやがったな。」
相手の好意を素直に喜べないキッドは、ゾロの残していった玉を無駄に消費しながら、騒音の中でブツブツと独り言を呟いていた。
「だいたいなんなんだよ。鼻ッから言ってくれりゃ、俺だって聞いてやんねぇでもねぇのに。」
いつもなら一方的に電話ができるのに、そんな話を聞いてしまえば連絡するのも決まりが悪い。
好きなのを言い出せないから、散々呼びだした。自分の近くに縛り付けていた。それで伝わってるって…。
『なんでがっつくくせに言葉にしてやんねぇんだよ。』
ああ、うるせぇ。あの野郎。俺の頭ん中で勝手に喋りやがって!次逢った時にゃ、一発ぶん殴ってやんねぇと。
握りしめた拳で台を叩いて苛立ちを吐き出そうとするけれど、どうしたって気持ちは落ち着かない。
傲慢な態度も酷い言葉も、まどろっこしい気持ちを表現するには必要不可欠なもので、それで彼女を傷つけたのなら謝らないといけないとわかっていた。
わかっているのにまた言い出せない。
「あぁ、玉切れかよ。クソッ。」
たくさん積まれていたはずのドル箱は、雑に突っ込んでるうちに気がつけばなくなっていた。
そんな時にポッと思い起こすのはイオナの顔。
ふてくされて、口尖らせて、眉尻下げて、泣きそうな顔して…
記憶の中の彼女はそんな顔ばかり。
「今さらどうしろってんだよ。」
胸にチクチクと針を刺される痛みは地味に痛かった。
○●○●○●○●○●○●○
バイト終わり。
孤独はどんなときも辛い。だからって甘えて良いとは思わない。でも…
「で、なんで俺んちに来るんだよ。」
「今日だけ。お願い!」
「お前、俺の言ったこと全くわかってねぇだろ。」
「だって…。」
バイト中だけで何通メールを作って消しただろう。《久しぶり。》だの、《元気?》だの、《暇?》だの…。
どれもしっくり来なくて、どれも納得がいかなくて、どうしていいのかわからなくって。
「お前の『だって』に振り回されて、俺はどんだけ身を削りゃいいんだよ。」
「ラーメンおごるから。お願い!一緒に彼に送るメール考えて。」
「ラーメンなんていいから、とっとと行ってこいよ。アイツんち。」
「アイツん…ち?」
聞き返した瞬間、「あぁ、やべぇ。」とゾロの顔に書いてあった。この人はなにか知っている。そう思った。
…………………
3月14日
結局連絡を取れないまま、毎日を無駄に消化していくだけだった。どうやら、偏屈者同士の恋ってのはうまくいかないらしい。
イオナは自室のベッドの上でぼんやりと時間を潰していた。
この1ヶ月、特にゾロから話を聞いてからの数日はなかなか一日が終わらなくて辛かった。
「留学でもしようかな。」
自分に気持ちが向いていないと思っていたから見逃してきた、なにかシグナルのようなものがあったのかもしれない。
素直になれないのはお互い様なのに…
そっぽを向いた後、もう一度素直になるのがこんなに難しいなんて思わなかった。
いつだってメールは作成中で止まっている。内容が決まらないんじゃない。素直になるのが怖いんだ。
小さく寝返りをうち、テレビをつけようとリモコンに手を伸ばした時。
ピーンポーンッ
間抜けなチャイムの音がした。
一瞬気持ちが高鳴り、また勝手に期待して、ドキドキして、すぐ出ないとと思いながらも、グロスなんて塗ったりして。
「はーい!」
玄関を開けた時の落胆はすさまじかった。正面に立っている爽やかな宅配便のお兄さんは、イオナの気持ちを知ることなく少し大きな段ボールを差し出してくる。
「印鑑ですよね。」
「はい、ここにお願いします。」
「は、はい。お世話になりました。」
身に覚えのない大きな荷物。
どうやらネット通販のようで、これが噂の押し付け詐欺みたいなのだったらどうしようと思っていた時。
差出人の名を見て驚いた。
「キッド?なんで…」
慌ててダンボールからガムテープをひっぺがし、中身を確認して驚いた。
あぁ、今すぐいかないと。
そう思った時にはシャワーを浴びていて、気がついた家を飛び出していて、とにかくもう、必死だった。
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