ホワイトデー当日。
男部屋は朝から騒がしい。
「うわぁ!もったいねぇ、使い忘れてた!」
「なにやってんだよ、ウソップ。」
「せっかく当たったってのに…、なにやってんだよ俺って奴は。」
チケットのようなものを手にしたウソップが絶叫し、それみてルフィがケタケタと笑っている。その大騒ぎで目覚めたゾロは、重たい瞼を擦りながらダラダラと身体を起こした。
「なんの話してんだ、お前ら…」
「前の島で当たった商品券をウソップ使い忘れたんだってよ。あの島でしか使えねぇってのに。もったいねぇよな、ほんと。」
「くそぉ、ナミに見えないとこでこっそり使おうと楽しみにしてたってのに。」
「欲をかくから、んなとこに…。ん?商品券ってなんだ?」
ゾロの言葉に涙を流していたハズのウソップが、パッと顔をあげる。
「お前、商品券もしらねぇのか?」
「あぁ。じゃあルフィは知ってんのかよ。」
いかにも当たり前と言った口調の問いかけに、ルフィは一瞬の間を置いて当然のように答える。
「いや、知らねぇ。」
白々しいほどの返答と態度に、先ほどまで間抜けだなんだとバカにされていた張本人はなかなか状況を理解できずしばらくの間が生まれ…
3秒ほどして、怒り始める。
「じゃあ、お前は商品券の価値も知らねぇで、俺を笑ってたってのか!」
「あぁ。お前のリアクションがおもしれぇからつい。」
「てめぇって奴は…」
そんなやりとりをぼんやりと眺めながら、ゾロは昨日までよりはうんと、冴えるようになった頭を働かせていた。
一方その頃。
「にしても、よくあんなとこでヤレるわよね。盛りの犬じゃあるまいし。」
どこからかナミに見られていたらしく、イオナはジリジリとからかわれていた。頬には熱を、下半身にダルさを感じながら、ダイニングへと向かう。
「もう、やめてよ。」
「恥ずかしがるくらいなら声はせめて控えるべきでしょ?」
「控えてたもん。」
「あれで?じゃあ普段はどれだけ絶叫してるわけ?」
「もう!ナミ!」
顔を真っ赤にした彼女はナミからすれば、いいおもちゃでそんな二人の様子をみてまたロビンは目尻を下げていた。
●○●○●○●○●○●
朝食が終わった頃。
食べ終わったクルーたちの食器を流しに運びながら、すでにコンロの前にいるサンジに声をかける。
「片付け手伝うよ。」
「ほんと?さすがイオナちゃん、気が利くね。んー。ありがと…。いや、やめておいた方がよさそうだ。」
彼の視線の先、イオナの背後には、
「悪ぃ。ちっとばかし、話しいいか?」
不機嫌そうというより、少しだけ緊張した面持ちのゾロがいた。もうホワイトデーなんて気にしなくていいのに。そう思いながらも、サンジに笑顔で伝える。
「それじゃあまた、夕飯か何かの時に手伝うことにする。ごめんね。サンジくん。」
「いいんだ、気にしないで。」
彼の優しい笑顔と言葉に見送られ、ゾロの後に続いて部屋を出ようとした瞬間。
「声は控えなさいよー。」
ナミのバカにしたような声が響き、イオナの頬が真っ赤に染まった。
○●○●○●○●○●○●○
甲板の上。
日が昇りきった空は青く、日射しによって温もりが全身に伝えられる。 二人は手すりに身体を預け、遠くの海と空が交わる部分を眺めていた。
「今日なんの日か知ってるか?」
「うぅーん。なんだろう?」
少し緊張している様子のゾロの声に、おどけた声を被せる。それと同時に視線を交え 、彼の方からパッと視線をそらす。
「俺、知らなかったんだよ。ホワイトデーってのがあること。」
「そっか。」
戦闘ともなればあれだけ暴れまわるこの人が、ここまで恐縮させてしまうのだからナミのイタズラはやっぱりやりすぎだと思いながら、彼の肩に頬を預けた。
昨晩、あんなに感じたはずの香りだと言うのに、もうたまらなく恋しい。口づけをしようと少しだけ顎を持ちあげた時。
「だから、コレ。今日はこれで勘弁してくれ。」
差し出されたのはちいさな封筒。
「どうしたの?なにこれ。」
「いいから受けとっといてくれ。」
「う、うん。ありがとう…。」
受け取った封筒はくたびれた様子で、それでいて薄っぺらで。
「開けていい?」
「あぁ。」
期待と興奮で指先がわずかに振るえる。中には一枚の紙切れが入っていた。
「待って、なにこれ。」
「ちゃんと書いてあるだろ…。」
手元にある紙切れ。
ただの紙切れのはずなのに。
視覚から流れ込むような微弱の熱が、胸の内側でやわらかく広がりパンパンに膨らましてくれ、溢れた熱は目頭からも溢れ落ちる。
「ほんっと、ゾロ。子供じゃないんだから。ばか。あぁもう!」
「あぁ、泣くな。知らなかった俺が悪かったんだ。ほんとに…「違うの!嬉しくって…」
「は?」
突然の涙に驚いたゾロは彼女の言葉の意味が理解できず、間抜けな声をあげた。それでもイオナは気にすることなく言葉を紡ぐ。
「私のために悩んで、考えて、いっぱい時間使ってくれたんでしょ?ならいいよ。ゾロはそれでいい。」
「いや、でも…、俺は。」
驚いた表情のまま、突然胸に飛び込んできた恋人を受けとめた。怒られるんじゃないかとか、幻滅されるんじゃないかとかそんな不安はどこへやら。
ただ漠然と彼女の涙に圧倒されていた。
ゾロの腰に回した腕にグッと抱き締めると、大きな手が頭を撫でてくれ、それがうれしくて胸板にグッと顔を押し付ける。
「子供がおかあさんに渡す肩たたき券みたいでかわいいね。引換券なんてさ。」
「からかうなよ。」
「えへへ。普通にプレゼントもらうよりも、こっちの方が嬉しかった。ほんっとに、ありがとう。」
胸板に顔を押し付けたままどんな顔をしているのか、そんなのみなくても声色でわかる。
「おかしな奴だな、ほんと。」
驚くほど長く感じた3日間。
なにがなんだかよくわからないけれど、こうして喜んでもらえたことにホッとした。
何度も何度も頭を撫で、指に絡まる髪の毛一本一本にまで愛しさを伝える。言葉には出来ない分の想いを含めて、ゾロはその手に力を込めた。
これからもずっとこうして持ちつ持たれつの関係のまま居られたらいいと。
The next story is Sanji.
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