それから2日間ゾロは常に上の空で、その様子をイオナは心配げに見つめていた。
「ゾロ、晩酌いかが?」
「いや、今日はいい。」
月空の下、全身でひんやりとした風を感じながら、いよいよゾロは落ち込んでいた。なにも妙案が浮かばないまま、素直に謝ることも出来ない彼は隣に寝転んだ恋人の横顔をまじまじと眺める。
あと数時間でホワイトデー。
なにも言わないよりは謝った方がいいに決まっている。にしても、謝ってどうしたいと言うのだろうか。
知らなかったことを許してほしい?そんなことで嫌われたくない?きっと答えは両方で、ほかにもまだいろいろあるだろう。ぶっちゃけ、なにも言わないでやり過ごせそうだとも内心感じていた。
「…て、ゾロ?聞いてる?」
「え?あ。あぁ。聞いてる。」
「うそ。聞いてなかった。わかってるよ。」
「あ、あぁ。わりぃ。」
額に手の甲を乗せ空を見上げている横顔は完全に参っている様子で、いい加減アクションを起こした方がいいだろうかとイオナは考えていた。が、どうしていいのかわからない。
せめてゾロから切り出してくれれば…。
そんなことを考えながら、無造作に投げ出されていたゴツゴツした大きな手の付け根である手首を握りしめる。
「どうした?」
「ゾロ悩んでるみたいだから。」
イオナの指先がスッと手の甲や手のひら、指の間をスイスイとなぞる。リラックスしてもらおうとそうしていたものの、ゾロの体はその性的なにかを思わせる滑らかな動きにゾクゾクしてしまっていた。
「私はいつでもゾロの味方だから。」
なんて遠回しな言い方だろう。
自分で言った言葉に吹き出しそうになりながらも、身体ごとゾロの方に向き、両手で大きな手のひらに触れる。今度は凝りをほぐすかのように、手のなかにあるいくつかのツボをグイグイと押していった。
あぁ、やべぇ…。
人は逃げ出したいときや、辛いとき、快楽に逃げたいと思うことがある。身体的な辛さについてはいくらでもこらえられるゾロも、精神的な追い込みには勝てないらしい。
彼はのそっと身体を起こし、イオナに覆い被さった。
「わっ!どったの?ゾロ。」
「ちょっと付き合ってくれよ。」
ゾロの下で仰向けで寝転がる彼女は、柔らかい笑顔を浮かべ、わずかに頷くと両手を伸ばし恋人の頬に添える。手は夜風よりもひんやりと冷たく、逆に頬はとても温かった。
ゆっくりと身体を沈め、顔同士の距離が詰まってゆく。瞼を閉じるのは鼻先のぶつかる距離。それは皮膚の表面で互いの呼吸のリズムを感じられるから。
唇の横、頬を通過した彼の口元はイオナの耳元に沈む。
「イオナ、愛してる。」
とろけたチョコレートのように甘い囁きに、色の着かない吐息が漏れ、全身の皮膚を敏感にしながら微笑みを返した。
リップ音の立つ短い口づけから、次第に深く舌を絡める口つげとなり、気がつけば全身を使って深く探り合う。
芝生の青臭さと汗の香りが混ざり合い、波の音が重なる吐息を際立てた。
『目は口ほどにものを言う』と言われるけれど、知ろうとさえすれば、身体はもっと感情を伝えられる。
いつもよりも無粋でありながら慎重な彼の動作はイオナに心の不安を伝え、逆に、声を荒げることなく受けいれる彼女の優しさがゾロに流れ込んだ。
「あぁ…。寒くなかったか?」
「大丈夫。」
ぼんやりとした頭を抱えたまま並んで空を見上げる。ゾロの気持ちは不思議とスッキリしていて、それは表情にも現れていた。
「こんなとこでして、みられてないかな?」
「さぁな。」
握りしめた手のひらの湿っぽさすらも愛しくて、何度も手を握り直して指を絡める。次第に取り戻す落ち着いた呼吸の音は、波の音に掻き消され
「俺、もらってばっかりだな…」
ゾロは空に向かって、誰にも聞こえないようなほど小さな声で呟いた。
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