Mission's | ナノ

どのくらいそうしていたのか。

突っ伏している机の隅をトントンと指先で叩かれ、イオナはゆっくり顔をあげる。

ナミなら背中をつついてくるはずだ。
それ以外、委員会の話とかなら嫌だなあ。

そのくらいにしか考えていなかった彼女は、机の前に立つ人物の顔をみて、おもわず「へ?」と間抜けな声をあげてしまった。

─ロロノアくんが…、なんで?

夢みたいな出来事に一拍ほどポカンとしてしまうけれど、いつまでも呆けていたわけじゃない。慌てて表情を取り繕うくらいはした。たぶん意味はないだろうが。

表情を二転三転とコロコロ変えるイオナがよほどおかしかったのか、ゾロは笑いを堪えた顔をする。そんな彼の表情が新鮮なものだから、彼女の目は釘付けだ。

二人は無意識に2、3秒見つめ合う。

そこで先に気を取り直したのはゾロの方だった。惚けたイオナの顔の前に、彼はバッと右手を差し出す。

「これ、やるわ。」と。

その手のひらの上にあったのは、500mlのペットボトル飲料を買ったときについてくる愛らしいキャラクターのストラップ。

全24種のそれを集めていた訳ではないが、せっかくなので受け取っておくことにする。

突然の声をかけられたことで、今だなにが起きているのか理解できていないイオナ。彼女はなぜかちょっと上から目線でそんなことを考え、ストラップに触れようとしたのだけど。

指先がそれに触れそうになったとき、ゾロの指先がピクりと動いた。それを見てイオナは焦る。

(手を閉じようとしている!?)

普段はそこまで反射神経のいい訳でないイオナが、何故かこのタイミングで絶妙な俊敏さをみせ、サッと手を引いた。

「な、なに?」

「フッ、わりと反射神経いいんだな。」

もとよりからかうつもりだったのか。ゾロはストラップを握ったまま自分の席に座ると、イオナの顔を覗き込むようにしてその表情をうかがう。

怒っていないのか気になるようだ。

何度も視線が噛み合っていることにも、声をかけられたことにも、手を握られそうになったことにも…

やっと状況を理解したイオナは、緊張から指先が震えてしまいそうになっていることを自覚した。それでもせっかくのチャンスを無駄にしたくないため、乾いた喉から無理矢理声を絞り出す。

「急にどうしたの?」

声が裏返った声を恥ずかしいと思う暇はない。

「ため息つきすぎだろ。イオナ。」

呆れたような、気遣うような、どちらともつかないゾロの声が心に染みてくる。

正直、呆れられていようが、気遣われていようが、どちらでもいいとイオナが思ったほど、彼の言葉は優しい響きだった。

そしてなにより嬉しいのは、その真っ白な歯が見えるくらいの満面の笑みを向けられたこと。

初めて交わした言葉。
初めて向けられた笑顔。
初めて呼ばれた名前。

息の仕方を忘れるほどに緊張して、胸の鼓動に全身が支配される。手には冷や汗を握るし、それなのに体温は急上昇。沸騰しすぎた頭がぼんやりして、聞こえるはずの喧騒は全く耳に入らなくなって。聞こえてくるのは、心臓の早鐘だけ。

とにかく、身体中が大騒ぎになった。

視線を伏せて隠すけれど、意味ないくらい顔は真っ赤。

無言の時間が早いのか。
それとも心拍数が恐ろしいことになっているのか。

とにかく視線でジリジリと焦げてしまいそうで─

「なあ、嫌なら断れよ。」

「え?」

「合コン。」

なんの脈絡もなく切り出された話題。イオナは驚きのあまり顔をあげる。ゾロはやはり真っ直ぐに彼女を見据えていて、訴えかけるような瞳から目を反らせない。

なにか言わなくてはと思うけれど、言葉は喉につっかえたまま出てきてはくれない。

口元を震わせ硬直するイオナを見かねて、口を開いてくれたのは彼の方。

「俺は行ってほしくねぇんだけど。」

なんで?なんで、なんで…?

思考が停止する。

「え?今、なんて?」

「だから、行くなっつってんだよ。」

少しだけ乱暴な言い方だった。でも別に嫌な気なんてしない。むしろ、ちょっと嬉しかった。

驚きとあまり言葉を詰まらせたままのイオナを置き去りに、彼はそれ以上は何も言わず、自分の席に突っ伏してしまう。

ゾロの放った言葉の裏側どころか、そのままの意味すら彼女は咀嚼しきれていなかった。

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