Mission's | ナノ

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合コンが行われているのは洒落たレストランバー。

オレンジ色の照明に照らされた薄暗い店内を、ゆらめく蝋燭が彩っている。雰囲気は最高なのだが、イオナの心はここにあらず。

「んじゃ、俺のコールで一気な!」

「「いえぇーい!」」

酔いが回り喧騒がさらに大きくなった会場は、彼女の心を曇らせる一方だ。

場の雰囲気に乗りきれない彼女は、ナミの隣で大きな溜め息をつき、手元のサラダをつつき回す。おかげでレタスやキュウリがクタッとなっている。

「スケジュール帳無くなったくらいで、どんだけ落ち込んでんの?」

「それだけじゃないんだもん。」

「なんでもいいけどたのしんでるフリくらいはしてよ。みんなの雰囲気まで悪くなるでしょ?」

「あいあい。すみませんでした。」

手元のグラスに手をかけ、渇いた喉に一気にアルコールを流し込む。ナミはそれをみて一度は不安げな表情を浮かべたものの、自分のことに集中しようと思ったのか、お目に叶った男の隣に移動した。

ナミの席が空いたところで、これ幸いとチャラそうな男が声をかける。「お前、イオナつったけか?」とずいぶんと馴れ馴れしかった。

(高貴なあのお方とは違い、品がない。)

胸中でぼやくイオナをよそに、彼は当然のように彼女の隣に腰を下ろし、自己紹介を始める。名前は キッドというらしい。

本当に製薬会社の人間かと疑いたくなるほどの派手な装いと、ガサツな笑い声。イオナにとって、初めて接するタイプの男だった。

最初こそ、憧れのあの人と比べて背を向けたくなったが、話しているうちに考えが変わった。

悪いのは第一印象だけで、こうしているとよく気遣ってくれているのが伝わってくる。俺様口調ではあるが、もとよりそういう性格の人が好きなので問題はない。

「実はな、俺の親の会社なんだよ。」

「コネ入社ですか?」

「コネじゃねぇよ。入るべきして入ってやったまでだ。俺がどうこうした訳じゃねぇ。」

だから、それをコネだと…。

イオナは思わず突っ込みかけたが、やめておいた。もしかしたら冗談で言っているのかもしれないし、はたまた真性のバカかもしれないからだ。

前者ならまだしも、後者の場合は気分を悪くしてしまうかもしれない。相手の機嫌を損ねるのは本意ではないので、彼女は取り合えず話に乗っておくことにした。

「素敵ですね。未来の社長さんじゃあないですか。素敵です。」

二回素敵と言ってしまったことを「しまった。」と思う隙もなく、彼の笑い声が響く。

「イオナ、お前の言葉選びは小学生みたいだな。社長に[さん]付けるなんておかしいだろ。」

少しバカにしたような言い方だ。でも、悪い気がしない。

どうやらイオナは俺様を匂わせる男に敏感らしい。長い間、そういった男に片想いをしているからか、抑制されたい願望が溜まっているようだった。

ついあの人のことを思い出し、気持ちが昂る。

「ご、ごめんなさいっ。」

「謝んなくていいから飲めよ。氷か溶けたらカクテルなんて飲めたもんじゃねぇだろ。」

「ありがとうございま…「タメ口でいい。」

視線がぶつかると笑顔を返してくれる。

今はガサツな口ぶりのこの人も、二人きりの時や身体を重ねる時、優しい口調で囁いたりするのだろうか。

声フェチのイオナは脳内で勝手に妄想してみるが、はっきりとは浮かばずモヤモヤと宙を漂った。

あの方の声なら何度も妄想できたのに。

再び余計なことを考え、赤面。

ただオレンジ色の照明の下では、その顔色は伺えない。

「イオナ、海外旅行はどうだ?」

「へ?」

なんの脈絡もないキッドの問いかけに驚き、イオナは視線を泳がせる。それをみて、彼は軽く声をあげて笑った。

「あ、あの、なにか…」

「いや、今のお前の動きが昔飼ってたハムスターに似てたんで、つい。」

ハムスターだと?

「種類は?」

「ゴールデンだ。アイツらハムスターのクセにデカくなりやがるからな。愛くるしくて仕方ねえ。」

なんてことだ。
イオナの気持ちは久しぶりに高ぶった。

あの方に非通知設定で電話をかけた際、待ちうたが自分の好きなアーティストの曲だった時と同じくらい高ぶっている。

「私、ゴールデンのキンクマ種飼ってました。2色の子とは違う、あのクリーム色が可愛くて…」

「へぇ。クリーム色か。俺は次飼うならパンダ種にしようと決めてんだ。ただ出張が多いだけに、面倒みきれねぇだろ?だから…」

その時、突然店内の照明が消えた。いや、照明だけではなく、BGMもはたまた空調までも止まっている。

灯りはテーブルの上で揺らめく、小さな蝋燭のみとなってしまっていた。

「なんだ、停電か?」

キッドの声が近い。遠くから聞こえる慌ただしい喧騒が遠退き、彼の呼吸の音が耳元で聞こえる。その上、手のひらに重ねられた温もりを感じた。

これは俗に言う、いい雰囲気って奴なのだろうか。

恋愛素人にはどうすることも出来ず、ただ握られた手を見つめ、呆然とその場で時が過ぎるのを…

ガシャーンッ

突然の物音にイオナは震え上がる。

隣から聞こえたその音は、なにかがテーブルに叩きつけられたような破損音。

あまりの出来事に、イオナは握られていた手を強く握り返す。けれど、彼の手は脱力しており、ピクリとも動かない。違和感を感じた。

そちらに目を向けようとしたイオナの手首を、何者かが乱暴に掴む。驚いた彼女が「イヤッ」と声をあげる寸前で口は塞がれ、 椅子から立たされた。

キッドに視線を向けるとテーブルに突っ伏している。顔の下には割れた皿がある。

握られていたはずの手は離れ、彼の腕はだらんと床に向かって伸びた。

(助けて!)

ナミは停電の騒ぎで動揺している。いや、だれしもが慌てふためいており、イオナが連れ去られていることに気がついていない。

引きずられるようにして店から連れ出されたイオナ。道へ足を踏み出したところで、彼女の口を塞いでいた手はどけられた。

明るい場に出ているにも関わらず、恐怖で相手を見ることができなきい。

そして手を引かれる形でタクシーに乗りこんだ。

「お客さんどちらまで?」

イオナは勇気を振り絞り、助けてと言おうと大きく息を吸い込む。そのタイミングで誘拐犯がゆっくりと口を開いた。

「俺の言う通りに進んでくれ。」と。

身体の芯を振るわせる隠微な響きを持つ、低い声。

イオナがこの声を聞き間違えるはずがなかった。

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