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「怒らせちゃった…。」
耳に届くシャワーの音が妙に物悲しく、雨音のように思えてくる。
別に怒らせるつもりはなかった。というより、明るく見送ってもらって吹っ切ることができれば…と考えていた。
モヤモヤとした気持ちのままゆっくりとたちあがる。長い間座ったままだったからか、足が痺れていて身体はふらついた。
「行きたくないなあ…。」
喧嘩したまま合コンに行っても、楽しめる訳がないし、この心の隙間に漬け込まれるんじゃないかと不安になってくる。
いろんなものに対する価値観や、考え方は似ているのに、恋愛ごととなるとテンで理解出来ない。
自分のことをどう思っているのか、これからの関係をどうするのか、聞いてみたかった。
一度くらいそんな話をしてみたかった。
でも、そんなことして気まずくなるくらいなら、曖昧なままでいいとそう思っていたのだけど。
「これじゃ本末転倒じゃん…。」
悔しくて、もどかしくて、悲しくて、でも泣く訳にもいかない。そんな風に思っていることを悟られる訳にはいかなかった。
これからの関係を守っていくためには、なんとか仲直りをして笑顔で送り出して貰わないと…
グッと下唇を噛み締めて、拳を強く握る。
好意に気がついた時にはもう仲良くなりすぎていた。
友達から恋人ならまだしも、友達以上恋人未満から恋人になるのはすごく勇気が必要だ。
ダメになったときのダメージを思うと、一歩を踏み出すことがどうしてもできなかった。
足の痺れが消え、歩けそうになったとき、浴室のドアがバンッと乱暴に開いた。
パンツ一丁で現れたエースは、イオナを黙視したあと、嫌そうに目を細め視線を伏せる。
「まだ居たのかよ。」
「足痺れて歩けなかったの。」
「ふーん。」
ワシャワシャと頭を拭く姿を目で追いながら、ただ立ち尽くす。
こういうとき、謝っても意味がない。なぜなら、怒ってる理由がわからないんだから。
じゃあ、どうすればいい?
畳の上にあぐらをかいたその人を見届けて、自分ももう一度その場に座り込んだ。
「待ち合わせしてんだろ。」
「うん。」
「遅刻すんじゃねぇのか。」
「うん。」
あくまでぶっきらぼうな態度を取り続ける彼に、視線を送り続けるイオナ。彼女は気がついていた。
送り出してほしかったのではなく、引き留めてほしかったんだと。
今さらそんなことに気がついたところで、どうしようもない。言える訳がない。
自分の不器用さに情けなくなってくる。
真新しいネイルに飾られた自身の爪へと視線を落とし、溜め息をついた。
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