そこまで気持ちを整理して合コンの場へやってきたと言うのに、目の前の男がどうしてもくだらなく見える。
イオナはそんな自分自身に嫌になっていた。
シャンクスさんのせいで、同世代の男がみんな幼児レベルにしかみえなくなってしまった…。
それはいいことなのか、悪いことなのか。
「俺、ハーレー乗るのが夢で、大型二輪の免許を…」
熱心に自分の趣味を語る男に興味はない。むしろ、そういった話は趣味仲間とどうぞと言ってしまいたくなる。
全世界の女性が大型二輪に乗る男に憧れると思っているのだろうか。身の丈を知ってほしい。
普段毒づくタイプではないイオナも、さすがにイライラしていた。
飲み放題のビアホール。オーダーバイキングのシステムで、1人前5000円。
この条件でおごりの約束を取り付けてくるだなんて、さすがはナミだ。
今も彼女はたわわなおっぱいをこれでもかと寄せて、隣に座る男を翻弄している。あれが手に入るかもしれないと思わせれば、確かに5000円くらい余裕で出せるだろう。
ただナミはそう簡単に身体を開かない。
たった5000円と一泊分のラブホ代で手に入るほど、安い女ではないのだ。
そんなことを考えながら、語り続ける男の言葉をスルーする。彼の視線が、ナミのものよりも数段劣る、貧相な胸元へと注がれているのがわかり、イオナは眉を潜めた。
「イオナちゃんは犬とか好き?」
バイクの話はいつの間にか犬の話に変わっていた。おっぱいの様子を伺いながら犬の話と言うのも変だし、なにより世の中の全ての女性が犬の話が好きだと思わないで欲しい。
「うぅーん。ポメラニアンとかみてるとかわいいとは思うけど…」
追いかけられたことがあるから苦手。
以前、シャンクスの前でそんなことを口にして、笑われたことを思い出す。すごく懐かしい気持ちになった。
どうにもこの脳髄も心も、彼を『憧れ』というカデゴリーで保存する気はないらしい。
(私はずっと絶賛片想い中なんだ。)
悔しいとは少し違うが、それに近い感情が胸をギュッと締め付ける。
「俺、ドーベルマンとか飼いたいんだよね。かっこくない?」
適度に相づちを打ちながら、グラスを口に運ぶ。
酔わない程度に飲んでいるつもりだが、会話の間が持たず、ついつい口に運んでしまう。
そんなとき。
「シャンクスさーん」
彼を呼ぶ黄色い声が聞こえた。あからさまにあちこちを見渡す訳にもいかず、イオナは耳をそばだてる。
「お、どうした?」
「なに食べますかぁー?」
「別に俺はなんでも…」
彼の声を聞き間違える訳がない。
イオナはこの場にシャンクスが居ると確信した。それに合わせて、心拍数が跳ね上がる。胸が熱くなる。
まるで雷に撃ち抜かれたみたいに全身に痺れが走った。
「この前みた映画がさ…」
目の前の男の声は既に雑音のようだ。窓の外から聞こえる雨音くらいの存在となり、少し離れた位置から聞こえるシャンクスの声にのみ鼓膜は振るわされる。
「私、彼氏にフラれたんですよー」
「いっそのこと、お前らがくっつけよ。せっかくだ、今度のプロジェクトで愛を育め。」
「えぇー。嫌ですよー。」
後輩に慕われている彼らしい会話だ。口元がほころんでしまいそうになったが、そこで気がついた。
もし、こんな場面を見られてしまったら、酷い印象がついてしまわないだろうか。
ビッチとか、遊んでるとか、チャラいとか…
普段、自分が向けられることのない単語が頭の中で駆け回る。それでも、声を聞いてしまえば一目その姿を目にしたくなってしまう。
イオナは声のする方へと視線を動かした。
─いた、シャンクスさん。
楽しそうに後輩たちと笑い合う姿を目の当たりにした途端、愛しさが込み上げる。
声をかけたい。
でも、でも、でも…。
一度俯き、握りしめた自身の拳を眺める。
図々しいと思われたくない。
イオナは下唇を軽く噛む。
行きつけの居酒屋の店員に突然声をかけられれば、彼だって戸惑うだろう。それに大人ばかりの空間に、ひょこひょこ歩み寄る勇気なんてない。
なにより、そこまで常識知らずの子供みたいな真似はできなかった。
あまりジロジロと見ていると視線に気づかれてしまうかもしれない。これで最後と、シャンクスへ目を向けた時。
カチッと目があってしまう。
動揺するイオナをよそに、彼は軽く手をあげて微笑んだ。それに応えるように彼女が軽く会釈すると、シャンクスは親指を立てて出口の方を指差した。
そして、唇を動かす。
出口?ん?
唇の動きが読めず、イオナは首を傾げる。それをみた彼は近くのスタッフを呼び止め、その場でなにかを書きこんだメモ用紙を手渡した。
こちらに小さく笑いかけ、また仲間うちとの会話に戻った彼と、こちらに歩みより先程預かったメモ用紙を差し出してくるスタッフ。
イオナがそれを受けとると、ノイズでしかない男が「なにそれ、どうしたの?」と食いついてくる。
もちろん無視だ。
メモ用紙にあるのは形のいい殴り書き。
書き込まれた言葉を目にした途端、胸がカッと熱くなった。
いてもたってもいられない。
行かなきゃ…
そう思った時には、口が、身体が勝手に動いていた。
「ごめん、ナミ。私、帰る!」
手が震えた。呼吸が浅くなる。
慌ただしく席を立ったイオナは、呼び止める声を無視して出口に向かって走った。
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