時計台の下。
イオナとその合コンの相手であるトラファルガー・ローはなんとなく打ち解けていた。
「みんな遅いですね。」
「俺が早すぎたんだ。巻き込んで悪かった。」
「いえ、気になさらないでください。」
彼が純粋で素敵な人過ぎて、イオナの緊張は最高潮。心臓が爆発しそうだった。それでもなんとか会話が成立するのは、彼が一気に攻め立ててくるようなことをしないから。
「その堅苦しい話し方はなんとかならんのか?」
「あ、その…。ごめんなさい。」
まだ知り合って十数分。
歳上の男性相手にどう話をしていいのかわからない。
どのくらい言葉を崩していいのか、どのくらい話題を膨らませていいのか。
イオナは勝手に悩み、勝手にパニックに陥り始めていた。
そんなこととは露知らず、ローの指がイオナの手に触れる。彼女は小さく「ひぃっ」と悲鳴をあげて手を引っ込めた。
一拍の間。
眉を寄せたローの表情を前に、彼女は平謝りを繰り返す。指が触れ合ったくらいで動揺するだなんて、生娘じゃあるまいし…。
恥ずかしいやら、情けないやらで、イオナは頬を赤くし俯いた。
それをみた彼はゆったりとした動作で立ち上がり、イオナに右手を差し出す。何事かと目を丸くした彼女に向かって、「飲み終わっているのなら、一緒に捨ててくるが?」と笑ってみせた。
その言葉としぐさにイオナはホッとした。
あぁ、さっき手が触れたのは缶を取ろうとしたからか。失礼なことをしたのに彼は怒ってない。怒ろうともしない。相手が心の広い人でよかった。
きっと彼自身も、イオナを安堵させるためにあえて笑うようなことをしたのだろう。
本当に気の使い方が大人だ。
そうして気遣われることに慣れていないだけに、すごく特別感を覚えてしまう。イオナの身体の中で浮かれ気分と緊張が混ざり合う。
再び彼の指が彼女の手に触れた瞬間。
イオナがお礼を言おうとしたタイミングで 、ピカッとフラッシュを焚いたような光りに彼女の視界が覆われた。
(え?なに?)
あまりの眩しさにイオナは思わず目を伏せる。
刹那──
激しいエンジン音と、ドンッという鈍い音。そして響く、けたたましいブレーキ音。
すごく嫌な予感がした。
恐る恐る目蓋を持ち上げたイオナの目に映るもの。それは、投げ出されたかのように足元に倒れる、トラファルガー・ローの姿と…
「おい、イオナ!」
大きなバイクに股がり、片手にヘルメットを持ったなんとも男らしいキッドの姿。
「キッド?なんで?」
「いいから逃げるぞ。」
「え?」
「ひき逃げする!逃げるぞ!」
「ダメだよ、倒れてるもん。」
「あぁ、もう、急げよ。」
嘆くように呟いたキッドは、イオナの手元からヘルメットを奪うと、彼女の頭にそれを乱暴に被せた。
そこで彼女は咄嗟にスマホの電源を落とす。ナミからのゴス電がくることは明白だったからだ。
イオナは促されるままバイクの後ろに跨がる。ローの様子も気になったが、キッドがいちいちうるさそうなので気にしていないフリをする。
轟音を立ててその場から逃げ去る大型バイク。
本当に逃げ切れるのかはわからないけれど、スリルとしては充分すぎるほど。キッドの腰に回した腕にイオナはギュッと力を込める。
お尻に感じる振動がやけに心地いい。
頬をくっつけた革ジャン越しの背中から伝わる鼓動は、彼の心音なのか、はたまた…
「ねぇー。どこ行くの?」
イオナは信号待ちの間に問いかける。途端に帰ってくるのは「ラブホ。」の三文字。
「いや!絶対やだ!」
背中をバシバシと叩きながら拒否すると、彼のヤンチャな笑みがミラー越しに見えた。からかわれたのか、本気なのかはわからない。
「でも俺に抱かれたいだろ?」
「どーだろ。」
「俺はイオナを抱きてぇがな。」
「身体目当てですかー?」
「いや…」
キッドがなにか言いかけたタイミングで、信号が青にかわる。なんとも空気の読めないヤツだ。
「聞こえなかったよ、さっきの。」
「二度は言わねぇよ。」
「ふーん。そっか…。」
残念そうに呟くイオナに、「いや、あれだ…」とキッドは言いにくそうに言葉を濁す。 なになに?と彼女が詰め寄れば、彼は想いを口にするのか。
二人が交わるまで、あとどのくらい?
イオナはさらに強くキッドを抱き締めて、いつもより近い、大きな背中に頬を寄せた。
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