Mission's | ナノ

イオナに促されるままに部屋へと足を踏み入れたシャンクスだったが、妙に彼女のテンションが高いことが気になって仕方ない。

「コーヒー飲む?」

「あぁ。」

「疲れてるなら、砂糖とミルクたっぷりしとこうか?」

「お、おう。」

自分の存在が彼女を上機嫌にしているとは夢にも思わず、シャンクスは「あの男のことがそんなに好きなのか?」と勘違いを膨らます。

対するイオナも、「サプライズで逢いに来てくれるなんてうれしい!」と周りが見えていない状態であり…

二人は噛み合っていない歯車を、バラバラの方向へと全力で回し続けているような状況となってしまっている。

「ねぇ、シャンクス。今日の接待、どこだったと思う?」

ソファで硬直する彼の顔をひょこっと覗きながら、イオナがマグカップを差し出した。

その中身は牛乳をたっぷりと注いだことにより、コーヒーではなくカフェオレとなってしまっているのだが、彼女は気にもしていない。

そしてシャンクスもそれを気にかけることなく、カップを受け取り口へと運ぶ。

風味こそコーヒーであるが、口内に広がるのは牛乳のまろやかさ。ほどよい甘味が舌に乗っかり、喉を伝って体内に流れ込む。

胃に優しいからと牛乳を入れ、脳の働きを良くするために砂糖を入れる。

イオナがいつかそう話していたのを思いだし、シャンクスはもう一度唇をカップにつけた。

「ねぇ、聞いてる?」

「あぁ、いや。なんだ?」

「だから、今日の接待の場所、何処だったと思う?」

接待、場所、ラブホ街…

ここまで考えたところで、シャンクスは口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出した。

「どうしたの!?」

「いや、ゲホッ、あの…すまん!」

口の回りを手の甲で拭いながら、慌ててテーブルを拭き始めたイオナへと目を向ける。

いたっていつも通りの彼女が、果たして本当に他の男とホテルになんて…

シャンクスの中で膨れ上がる疑念の渦。

似ている誰かを見間違えただけじゃないのか。そもそもあれはホテル街だったのか。何かを勘違いをしているだけじゃないのか。

しかし、そんな考えは自分自身の記憶が否定してくる。

自分が見たのは確かにイオナだった。と。あれはホテル街だった。と。

そうして、彼の頭の中では、あの時に目にしたあの光景が繰り返しグルグルと巡り続けていた。

テーブルを拭き終わり、ソファに腰かけたイオナは、何やら考え込むシャンクスの顔を覗き込む。

「ぼんやりしちゃって大丈夫?疲れてるなら泊まったら?」

なにげなくいつも通りにそう口にしただけなのに、シャンクスはずいぶんと驚いた表情を浮かべた。

どこかいつもとは違う。

大きな違和感。

でも、彼女にはその原因をハッキリと掴むことができない。

「なに?顔になんかついてる?」

「いや、そうじゃない。そうじゃなくてな…。」

首を傾げながら自分の頬に触れてみるイオナと、チラチラと彼女の様子をうかがいながら言葉を濁すシャンクス。

戸惑う空気の中に沈黙が数秒。

どこかぎこちない恋人を前に口を開いたのはイオナの方だった。

「疲れてるみたいだし、お風呂沸かしてくるよ。久しぶりに一緒に入る?」

いつもの彼なら、この台詞に絶対食いついてくる。5年間の交際でそう心得ていたのだが…、シャンクスの反応はいつもとは違った。

深刻そうな声で、真面目な口調で、神妙な面持ちで一言。

「俺でいいのか?」

「え?」

「イオナはまだ俺を好きなのか?」

そんな捨てられた仔犬みたいな顔しなくても。と言いたくなるような表情で、自分をみつめるシャンクスの視線に射抜かれ、イオナはちょっとばかり照れながら答えた。

「まだもなにもずっと好きだよ。なに?どうかしたの?」

「いや…、その見ちまって…。あれだ、今日、ホテル街から…出てきたろ?」

まさかこの状況で、彼女が自分のこのを可愛いと思っているとは思わず、シャンクスは言葉を濁しながらも見たものを伝える。

この歳になって女々しく動揺している姿を晒してしまっている。それこそ嫌われてしまいそうだと不安に思っていたのだが…

「若い奴の方が好きなんじゃねぇかと、その…って、なんで笑ってんだ!?」

何故かイオナは笑っていた。声を上げてこそいないが、口に手を当ててクスクスと笑っている。

「なんで笑ってんだよ…、おい。」

「え?だってさ、シャンクス…、すごい深刻そうに変なこと言うから…。あれ、前に話した後輩でっ、駅の裏あたりにあるお店で接待だったから…、あの道が一番近道で…」

なにがそんなにおかしいのか、笑いながら言葉を紡ぐイオナ。シャンクスは顔を赤く染め、声を荒げる。

「変なことって、イオナ。お前なぁ。俺は真剣に思い詰めて…。」

「思い詰めなくてもすぐに聞いてくれたらよかったのに!」

「だーかーら、俺はてっきり振られるもんかと思ってだな。」

バツが悪そうにポリポリと頭を掻く彼に、鼻の頭がくっつくほどに顔を近づけたイオナは言う。

「考えてみなよ。私がシャンクスのこと嫌いになる理由なんて、なにひとつないよ?」

「いや、俺がどんなに考えたところでイオナの気持ちなんてわかるわけないだろ?エスパーじゃねぇんだから。」

「そう。じゃあ、見せたらわかる?」

「ん?」

突然の問いかけに彼は驚いた。その言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかり、反応が数秒遅れる。

そのためシャンクスが疑問の声をあげる前に、イオナが口を開いた。

「今日、私はこれを買ってきました。さて、それはどういう意味でしょうか?」

どーんと鼻先に突き出されたのは、どうみても結婚情報誌。一瞬意味がわからず、ポカンとしたシャンクスだったが…。

「あぁ、そうか…」

なにかを悟ったようにポツリと呟いた。思わず出そうになったガッツポーズを我慢するイオナ。

そして。

シャンクスは言う。

「で、誰が結婚するんだ?」

今度はイオナが驚かされる番だった。彼が何を言っているのかわからず、目を丸くする。

しかし、シャンクスは全くもって爽やかにいつもの調子で言い放つ。

「友達の結婚式に出るんだろ?今度の休みにでも、新しいパーティードレス買いに行かないとな。」

フンフンと満足げに頷きながら、コーヒーカップを口に運ぶシャンクスを前に、イオナはただ思う。

なんでここまで鈍感なの?と…




The next story is Ace.


prev | next