合コンって奴は、女と男がそれぞれに待ち合わせて合流するものだとイオナは思っていた。
ところがどっこい。
「なんでナミ経由で連絡くるの…。」
それぞれがバラバラに時計台の元に現れるらしく、もう着いてる男がいるからとナミに捲し立てられ、一番近場にいたイオナが早足で待ち合わせ場所までやってきた。
本心としては、もうやってられん。なのだが、今さら断る訳にもいかず、それらしい人物に声をかける。
「あの、あなたが…トラファルガーさんですか?」と。
彼は「あぁ」短く返事をした後、まじまじとイオナを見つめる。やけに真面目な表情で見つめられたからか、妙に照れ臭い。
思わず視線を伏せてしまったイオナを残して、彼はなにも言わずどこかに行ってしまう。
嫌われたのだろうか。あの一瞬で?
そういえば人は第一印象で決まるとか、30秒でなんたらとかそんな話を聞いたことがある。
やばい。痛恨のミスだ。ナミに怒られる…。
内心ビクビクしていた。初対面で嫌われた挙げ句、放置プレイ。相手はそこそこのイケメンだ。
どうしたものかと考えつつ、ベンチに腰を下ろす。
これまで緊張していて気がつかなかったが、ずいぶんと呼吸が乱れていた。早足したせいだろう。
息を調えようと深呼吸を繰り返していると、頬に温いものが触れた。それが缶コーヒーであると気がつくのに2秒。顔をあげるのに、3秒要した。
顔をあげたところにいたのは、さきほど無言で立ち去った彼だった。
「あ、ありがとうございます。」
一拍の間の後、イオナは慌てて手袋をはずして、差し出されていた缶を受けとる。彼はわずかに口角を持ち上げる。なんだかキザな笑顔だけど、嫌な感じは全くしなかった。
受け取ったそれを両手で挟み手のひらの中で転がしてみる。指先から全身に流れ込む温もりが心地いい。
「隣、いいか?」
彼はイオナを気遣うように声をかける。
ガサツで大雑把なキッドとは異なる、紳士的な彼の振る舞いに彼女の胸はすごくドキドキしていた。
こんなに簡単にときめきが手に入るだなんて意外だ。
イオナは早まる鼓動を意識しないよう、まるで他人事のように状況を受け入れようとする。それでも内側から込み上げる熱を打ち消すことはできず、気持ちを落ち着けるためカフェインを接種しようとプルタブに指をかけた。
カチッ、カチャッ、カチッ…
爪が滑る。引っ掛からない。タブを持ち上げられない。
早くコーヒーを飲みたいのに、かじかんだ指が思うように動かない。それに合わせて、ネイルが落ちないか不安でいつものように雑に開封できない。
半分ヤケになってイオナはカチカチする。それを見兼ねたのか、彼は手を差し伸べた。
「貸してみろ。」と。
サッとイオナの手から離れた缶は彼の手の中で、カチッと音を立てた。すぐに手元に舞い戻ってきたそれと彼をイオナは交互に見つめる。
「ありがとうございます。」
「くだらんことで礼などいらん。」
素っ気なくそう言いながらも、はにかんだように口角をあげるその仕草が、なんだかとても大人でかっこよくみえた。
彼女の手元の温もりからはゆらゆらと白い湯気が立ち昇る。そのいじらしい動きが、二人の距離感を冷やかしているように思えてイオナはひとり赤面した。
●○●○●○●○●○●
一方その頃。
「お前こんなとこでこんなことしてていいのかよ。」
「なんだ、ロロノア。久しぶりだな。」
大学近くの雀荘。
キッドは缶ビール片手に、その日会ったばかりのおっさんと台を囲んでいた。
そこにゾロがやってきた理由はただ一つ。
「今日、アイツがなにしてるか知ってるか?」
「アイツって誰のことだよ。」
「イオナ。」
キッドは彼女の名前を聞いた途端に動揺し始め、手元のパイを倒してしまう。
イオナの前では普通を装っているのだろうが、周囲からみれば、特に男の目からみれば彼女を特別視していることは歴然だった。
エッチが大好きな彼が、手を伸ばせばすぐの距離にいるイオナを”とっとと抱いてしまわないのが”なによりの証拠だ。
明らかに冷静さを失ったキッドをみて、ゾロは軽く苦笑いしつつ近くの椅子に腰をおろす。
「ナミと合コンだとよ。いいのか、やらせといて。」
合コンという単語が出た時点で、キッドはワナワナと震えていた。
彼からすればイオナは箱入り娘だ。彼自身ですら触れるのを躊躇うくらい、強いていうならマトリョーシカに入れておきたいくらい大切な存在だ。
そんな彼にとってお姫様同然のイオナが、飢えた男の溢れる飲みの席に連れ出されるという事実。
これはもう大問題でしかない。
怒りに震えたキッドはどこかピントのズレたことを呟く。
「ナミの奴…、やっぱりぶっ殺す。」と。
「アイツ殺す前にやることあんだろ。」
「いや許せねぇ、ナミの野郎…」
「ナミ殺してる間に、アイツ寝取られんぞ。」
「イオナと寝る…?は?ぶっ殺すぞ!」
殺気を放ちなからバンッと立ち上がったキッドに、失笑気味のゾロがバイクのキーを投げ渡す。
怒りの矛先がおかしなことになっていることを気にかけつつも、ゾロはキッドの味方であるというスタンスは崩さない。
もとより、背中を押すつもりで、なんなら崖から突き落とすくらいのつもりでここまで来ていたのだから当然と言えば、当然だ。
「駅前の時計台だとよ。」
「ぶっ殺してくる。」
怒りの全てを押し殺した声でそう言い残し、その場を後にするキッドに、ゾロは「事故んなよ!」とだけ声をかけた。
麻雀の卓に残されたおっさんたちは、状況が読めずに困惑するが、すぐさまゾロがその穴を埋めたため勝負は再開された。
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