「罰ゲーム…」
再会後、はじめて告白したときにイオナが泣いた理由。泣かせてしまった原因であるだろう出来事をハッキリと思い出した。
なんでそんなに大事なことを忘れていたのだろうか。忘れようとしたのだろうか。
「えへへ、全部思い出せたぁ?」
「あぁ。」
「引っ越しの前日に突然現れて、キャラメル味のチョコボールくれたの。」
(あぁ、そうだ…)
「それでさ、「あっちに行っても頑張れよ」って…「もう俺はいないんだから。いじめられんなよ 。」って…」
(そうだ、それで俺は…)
「私泣いちゃいそうで、慌ててお礼言って、バイバイって背を向けたら…」
(思わず叫んだんだ…。)
「急に好きだって言われて驚いちゃってさ。あんまりびっくりしちゃったんで、なんて答えていいのかわからなくって…」
あまりにも情けなく、甘酸っぱい出来事。
『なに本気にしてんだよ。罰ゲームに決まってんだろ。色気づくなよ、地味眼鏡。』
自分の中では精一杯の虚勢で、そうするしか気持ちの持っていき場所がなかった。
でも言われた方からすればきっと…
「その時は泣いたよ?一杯泣いたし、他の誰かに告白されても信用できなかった。真面目に返事なんてしたら、後で笑われたりするのかなって。」
過去の自分のしたこととは言え、やけに酷すぎる内容に言葉がでない。
それでもイオナは優しい表情で、さもそれが"良い思い出であったかのように"懐かしさを滲ませながら話し続ける。
「あれってほんとに罰ゲームだったのかな?って、大人になってから考えたんだぁ。再会してまた告白されてからだけど…」
フフッと照れたように笑うイオナ。
再会したときに、なんでそんな別れ方をしていたことを思い出せなかったのか。
ちゃんと覚えていれば謝れていたはずだ。
(なんで俺は忘れてたんだ…?)
その答えは明白だった。
自分はイオナから、イオナへの想いから逃げ出したのだ。
いたたまれない気持ちを表現できずに、どうしようもない歯痒さから目を背けるために…
「泣いて逃げ出してから、あの時のことを思い出して…。あの時。ゾロはどんな顔してたかなぁって。わざわざお菓子買ってまで家にきて、罰ゲームなんて…」
「違う。」
「え?」
「罰ゲームなんかじゃなかった。」
ただ恥ずかしかっただけだ。なんにもできない自分が情けなくて、離れていく瞬間が怖くて、ただ…
まさか再会する未来なんて想い描けず、自分なりに精一杯の精算をしただけ。
それで相手が傷つくだなんて考えもしないで、自分だけ楽になろうとしただけ。
結局、無理矢理忘れることでなにもかもなかったことのようにして過ごして、今こうしてその気持ちと向き合っている。
そんな間抜けな自分に対して、イオナは照れ臭そうに笑って言う。
「なら、ずっと両想いだったってことだね。」
なんと答えていいのかわからず、恥ずかしさを誤魔化すように視線を泳がせていたゾロだったが──鏡に映っている自分が真っ裸なのをみて、この状況がどんなだったのかを思いだす。
全裸でいったいなにを…。
イオナが裸眼でよかった。照れ屋な彼女のことだ。もし視力を補正してる状態で、ここまで堂々と裸を晒していれば顔を真っ赤にして悲鳴を上げられていただろう。
慌てて蛇口を捻り、冷たいシャワーを浴びる。照れ臭いやらかっこがつかないやらで、上昇しすぎていた体温を身体に当たる冷水で冷ましてゆく。
それに合わせてイオナが湯船に湯を足し始めた。
○●○●○●○●○●○●
風呂から上がり、パンツ一丁で冷蔵庫に直行したゾロはここでやっと思い出す。
(で、あのエロ眉毛とイオナはなんで会う約束なんかしてたんだ?)
どうにもさっきの彼女の様子からして、浮気というのは考えられない。
まだ風呂場で熱を冷ましている様子の恋人の様子を頭に浮かべ、首を傾げる。
ミネラルウォーターを手にとり、渇いた喉に流し込む。体内を流れゆく感覚が心地よく、爽快感が駆け抜けた。
「まぁ、どーでもいいけどな。」
仮にサンジとこそこそ逢っていたとしても、あのイオナが"余計なこと"をするとは思えない。
ならばどうでもいい。
いつかきっと彼女の口から理由を聞けると信じて、なにも言わないでおこうと心に決めたゾロだった。
●○●○●○●○●○
数日後。
唐突に呼び出されたゾロが、イオナの部屋に到着したのはちょうど夕飯時。
玄関のドアを開けるやいなや、この部屋では嗅いだことのない"美味しそうな家庭の香り"が漂っていた。
「バッバーンッ!」
そしてイオナのこのテンション。
あまりにも嬉しそうにエプロン姿をさらすものだから、おもわず吹き出してしまう。
「な、なんで笑うのぉ!?」
「いや、なんもねぇよ…」
無理矢理笑みを堪えるも、どうしても緩んでしまう口元を隠しきれない。別にそれはばかにしているわけではないのだけど、彼女はどうとらえているのやら。
むうっと口元を膨らませるイオナの背後に見えるのは、食事の並んだテーブル。
そのメニューを見た途端に、「あぁ、そういうことか」と気がついた。
2ヶ月ほど前に唐突にサンジに呼び出され、好きな食べ物を聞かれたことがあった。
「ラーメン」と言えば「個性がない」だの、「ハンバーグ」と言えば「手のかかる男だな」と怒られる。
「からあげ」と答えたならば、「てめぇはマンションを火事にする気か?」と罵られた。
結局、なにがなんやらわからないまま、「しょうが焼き定食が好きだ」と言わされ、なんの説明もなく帰らされ──。
そして今、テーブルには歪なキャベツの千切りの添えられたしょうが焼き、お揚げの入った味噌汁にポテトサラダと青菜のお浸しが置いてある。
デザートのフルーツヨーグルトまで添えられているのだから間違いない。
「なぁ、イオナ。料理は女友達に教えて貰ってたんじゃねぇのかよ。」
「そ、そうだったんだけど…。」
視線をそわそわさせながら、苦笑いを浮かべるイオナ。そんな姿がまたかわいいのだが、あえて手は差し伸べずその言葉の続きを待ってみる。
「手におえないって言われちゃって。いい人紹介するよって話しになって、男の人は嫌だって言ったんだけどぉ…」
「それでアレな訳か。」
なんだかんだと女に顔の広い奴なだけに、そんな巡り合わせもあるだろう。
「ゾロから紹介されたとき、初めましてなのにサンジくんは私の名前を知ってたでしょ。あれ、友達が写メ送ってたみたいでさ。」
えへへと声を出して、笑うイオナ。
「俺の友達なら安心かと思ったんだろ?」
「でも酷いんだよぅ?サンジくんってば、「噂で聞いてた"くそまず料理で彼氏を殺しちゃいそうな娘"ってのが、まさかアイツの彼女とはねぇ」とかって笑うんだもん。」
コクりと頷いた後、彼女はそう言って下唇を突き出した。話を聞きながらキッチンのシンクで手を洗い、席についたゾロはなんとも言えない満足感を味わっていた。
「んなもん、これから練習して旨くなればいいだろ?焦ることはねぇよ。」
「うん。」
彼に習って席についたイオナは、元気よく頷いて両手を合わせる。
二人同時に「いただきます」の呪文を唱え、しょうが焼きを口に運んだ途端。
「うぐっ…」
「ど、どうかした?」
「いや、ん、なんでも…」
出せるだけの唾液が口内で溢れ、あちこちの汗腺からジットリと汗が溢れる。
この状況で一番欲しいのは冷水。
しかしすぐに冷水を口に運ぶのは、彼女に悪い気がしてそうできない。
「もしかして、美味しくなかったぁ?」
「いや、そんなこと…、ゲホッ」
あのサンジが教えてこの状態のものしか作れないなんて、おぞましいにもほどがある。
それでもゾロは思うのだ。
「お、お水飲んで!ごめんね。ほんとに、ごめんなさい…」
メガネの奥、瞳にいっぱい涙を溜めて懸命に謝るイオナは、世界で一番かわいいと。
The next story is Sanji.
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