Mission's | ナノ

「なんとか言えよ。そうやっていっつも黙り決め込むから、俺がいらついてんのがわかんねぇのかよ。」

ため息をつきたい気分だった。
視界の隅で、女の子たちが囁きあって、クスクスと笑っている。

言い返す気力すらなく、顔を背けると─そこにはビニール袋に入ったたこやきを提げ、左手にクレープを持つ後輩の姿。

「あ、あの…」

なにか言わないと。

わかっているのに言葉がでない。

少し離れた位置で足を止めたローは、さっきまでイオナが見ていた方へと視線を向ける。

彼氏の顔は知ってるはず。
この状況を理解したはずなのに…。

彼は"まるでなにも見なかったかのような顔のまま"歩み寄ってくる。

そして、隣に立ち止まり一言。

「行くぞ。」

右の掌に細い指が滑り込んできて、湿った二つのそれが重なった。その行動力に驚かされ歯切れの悪い返事が溢れ…

「えぇ、あぁ、うん。」

有無を言わせぬその態度に流されるように、彼氏に背を向けた。

その時。

「おい、そいつ誰だよ。」

背後からガシリと腕を掴まれる。
その拍子に手に持っていた金魚の袋が手から離れ──

ピシャッ

袋から溢れた水が飛び散り、金魚が石の上でピチャピチャと跳ねる。

あまりのことに声もでなかった。

石に広がる水染みと、もがき続ける金魚をみつめ下唇を噛み締める。

なんで、なんで、なんで…。

いろいろな感情が絡み合い、言葉の選び方を見失う。

そこで彼氏は言い放つ。

「俺は悪くねぇよ。」

キッと視線を向けると、少しだけ申し訳なさそうな表情をしながらも言い訳を続ける。

「お前がなんも言わねぇから…」

黙れ。

黙れ、黙れ。

黙れ、黙れ、黙れ…。

言いたいのに言葉がでない。

悔しくて仕方ない。

息を大きく吸い込んだ時、右手から1つの温もりが離れ、その代わりにクレープを握らされる。

その行動の意味がわからず振り向くと、その姿は視界の隅。

足元へと視線を落とすと、しゃがみこんで、金魚をヒョイと拾い上げ、水がわずかに残った袋に放り込んでいるローがいた。

彼はその作業が終わるとスッと立ち上がり、柔らかい口調で言う。

「水をもらえばまだ間に合う。そんなに落ち込まなくても大丈夫だ。」

それはまるで"彼氏の存在など見えていない"とでも言うような態度だった。

「無視してんじゃねぇよ。」

完全に無視された状態となった彼氏は友達の手前もあるのか、喧嘩越しで食って掛かってくる。

「てめぇ、人の女に手ぇ出しといて…」

関係ないのに巻き込まれて、なのに文句ひとつ言わないで素知らぬ顔をしてくれる後輩。

変な奴だけど、それ以上に器の大きな男の子。みてくれだけじゃない、優しい男の子。

だから、だから言ってやることにした。

「別れよ。アンタなんていらない。ローくんのがかっこいいもん。」

左手にクレープを持ちかえて、右手で後輩の腕をひっ掴む。ローはそれに合わせて、ゆったりとした歩調で歩き始めた。

○●○●○●○●○●

水を得た金魚たちは、元通りに元気よくバケツの中で泳いでいる。

家が近いからとお邪魔した後輩の自宅は、小さなワンルームだった。どうやら独り暮らししているらしい。

金魚掬いの屋台で水をもらったものの、そのまま祭りを楽しむ雰囲気でもなかったために家に来てしまったけど…

気まずいことこの上ない。

何より彼が魚のケアがどうとか言って、バケツに付きっきりになっててくれた十数分間はちょっとはマシだったのだが。

ドンキホーテで販売しているような折り畳み式のテーブルを挟んで向かい合い、無言の時を噛み締める。

それでもいつまでもそうしている訳にはいかなかった。

いまだ手付かずのたこやきと、食べ終わったクレープのごみが無造作におかれたテーブルに視線を落としたまま、ペコリと頭を下げる。

「ごめんね、巻き込んで。」

「……。」

「わかってたの。あの人が来てるって。会うとは思ってなかったけど…。その…。」

「………。」

「ほんとにごめん。」

「…………。」

沈黙。

ローはなにも言わなくて、だからどうしていいのかわからなくて。

「ごめん、私帰るね。」

この場から逃げ出そうとして。

「待て。」

低く重みのある声に引き留められる。

「俺はまだなにも言ってない。」

その目は確かにこちらを向いていて、ジッとこちらを見つめていて…。

視線をそらせない。

時計の針の動く音がカチカチと鳴り、心臓の音がやけに早く感じられ─。

すごく緊張してる。

相手はたかが後輩なのに、でも今じゃただの後輩じゃなくて…

じゃあ、一体なんなのよ。

自分の意思がグラグラと揺れて。

「彼氏と上手くいってないのは知っていた。あと、浴衣は似合っていたし、その髪型は俺好みだ。それと、もうひとつ。最後に言っておくが…」

一拍の間。

そんな彼らしい言い回しの後に続くのは

「誘ってもらえてうれしかったし、今日はいい思い出になったと思う。だから、気にするな。イオナ先輩。」

やっぱり彼らしい淡々とした調子で紡がれた言葉。

いつもなら「ギサったらしい」とバカにしている喋り口だってのに…。

それが嬉しくて仕方ないと感じるなんて、私ってばどうかしちゃってる。

沸き上がる淡い気持ちをごまかすように、いつもの調子で言ってやった。

「先輩には敬語くらい使いなさいよ!」

って。


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