金魚掬いとたこ焼と
石畳の上をカツカツと音を立てて歩く。
大股の彼に遅れぬように、いつもより小股な分、少しだけ早足で。
淡い紫の朝顔が彩られた浴衣は今日のために用意した。髪かざりを選んだり、かごバックを選んだり。
ずっと前から楽しみにしていた夏祭り。
そして私は、やっと追い付いた彼の服の裾を言うのだ。
「ってか、歩くの早いわ!」
「ん?あぁ、すまん。」
「そんなんだから、あんたは彼女の一人も出来ないのよ。情けない。」
「彼氏に祭り断られた奴に言われても、説得力がねぇ…」
「彼はバイトが忙しーの!」
「だからって、なんで俺が─。」
ぶつくさと文句を言う後輩の腕をひっ掴み、歩く速度を調整しながら鳥居を潜る。
高校3年の夏。
恋人ではなく、部活の後輩と年に一度の祭りに参加しました。
●○●○●○
内心イライラしていた。
無論、後輩であるトラファルガー・ローに対して、である。
「浴衣似合ってますよ。」とか、「髪型お洒落ですね。」とか、「いつもより綺麗ですね。」とか言えないのかこの男は…。
待ち合わせ場所で顔を会わせた途端、「じゃあ、行くか。」と背を向けられた。
それからも一度もこちらを見てないし、どこの屋台でも立ち止まろうとしない。
さてはサクッと一回りしてとっとと帰ろうって魂胆だな。
見てくれがいいからと、ローに声をかけたけれど、こんなことなら、キッドくんの方にしたらよかったと胸中で舌打ちする。
彼の俺様な態度は鼻につくが、無言で祭りを回るハメにはならなかったろう。
握っていたローの腕に苛立ち分の力を込めると、彼は足を止め顔をこちらに向け、首を傾げた。
なにも言わないが、どうやら「どうかしたか?」ということらしい。
苛立ったから…何て言うわけにもいかず、たまたま目に入った屋台を指差す。
「ねぇ、あれ。ローくん。金魚掬える?」
彼は指の先へと顔を向け、無言のまま金魚すくいの屋台へと足を進める。
なんとか言えよ。と言いたかったが、人混みをズンズン突き進むのでついていくのにやっとだった。
ローは屋台の前にしゃがみこむと、おっちゃんに500円を差し出しポイを受け取る。
ここまで無言。
まるでサイレントモード。
隣にしゃがみこんで様子を見ていると、しばらくしてやっと彼は口を開いた。
「どれだ?」
「どれって?」
「欲しい魚はどれだと聞いている。」
「あっ、えっと、うぅーん。」
自分が金魚ではなく後輩の動きを観察してしまっていた事にここで気がついて、慌てて桶へと目を向ける。
黒い小さな出目金や、普通の小赤以外にも、色が混ざっているのや、丸っこい身体のものまで、色々な金魚が泳いでいた。
「じゃあ、これとあれとそれ。」
黒い出目金と色の混じった小赤を2匹適当に指差すと、彼はまたなにも言わないでポイを水面に浸す。
それからが早かった。
言われた通りの魚を特に追いかけ回すこともなくサクサクと掬い、金魚の入った皿とまだ破れていないポイをおっちゃんへと差し出す。
「兄ちゃん、まだ破れてねぇぞ。」
「─…。もういい。」
不思議そうな顔をするおっちゃんをよそに、ローはどこか満足げな表情で戦利品を受け取り──ソッと差し出してくる。
「─…ッ、ありがとう。」
「世話の仕方は知ってるのか?」
「えっと、その…。バケツとかに入れとけばいいの?」
「小さなバケツなら、エアポンプを入れる必要がある。入れておくだけで、水中の酸素濃度を高める薬もあるから…」
延々と続く金魚うんちく。
ぶっちゃけ「なんだコイツ?」である。
でも、あの腕前を見せつけられた後なので、ほんのわずかではあるが感心もあった。
「ローくん、金魚好きなんだね。」
受け取った金魚を左手に持ち、右手で彼の腕を掴みながら声をかけるも…。
「一般常識の話だ。」
と一刀両断されてしまった。
あぁ、やっぱ「なんだコイツ?」だ。
サッサッと回って帰った方がいいのかもしれないと考えていると、ローが1つの屋台を指差した。
「たこ焼き?」
コクりと頷いて、今度は別の場所を指を指す。そこには石造りの階段があった。
「あっちで食おうと思う。」
「う、うん。」
買ってから悩むのではく、買う前に食べる場所まで考えている計画性。なんとなくイメージ通りだった。
「あぁ、でも私…。あっちが食べたい。」
たこやきの屋台の隣にある、クレープの屋台を指差すと、彼は「あぁ。」と納得したような表情を浮かべる。
「あそこで待ってろ。買ってくる。」
「わかった。」
機械と会話しているような単調なやりとりをして、ローと別れ、石造りの階段にしゃがみこむ。
いったい何考えてんだろ。
人混みに消えた男のことを頭に浮かべ、これからのことを考える。
「早く帰った方がいいよね…。」
適当に誘ったのに了承してくれた上、金魚を掬ってもらって、食べ物までおごってもらって。
仮にも私は先輩なのに…
考えごとに集中していたから、自分を見つめる存在に気がつかなかった。
「イオナ…?」
聞きなれた声に名前を呼ばれて、そちらへと視線を向ける。最初に目に入ったのは、ド派手な浴衣を身にまとう明るい髪の女の子。
でも自分を呼んだのが、その娘じゃないのはすぐにわかる。
さっきの声は、間違いなくその娘の隣にたたずむ甚平姿の彼氏の声だった。
視線がかち合った途端、彼は慌てたようにその娘と繋いでいた手を離す。
そしてお決まりの台詞を言う。
「なんでお前がここにいんだよ…」と。
そう。知っていたのだ。
彼が他の娘とお祭りにくる約束をしていることを。
正確には、彼のつるんでいる仲間と、その中の一人の彼女が連れてくるグループとの約束。
それを知ってたからこそ、あえてみてくれのいい後輩に声をかけた訳で…。
改めて思う。
自分は最低だと。
彼氏の後方からゾロゾロと彼の友達が現れ、笑顔をひきつらせる。
なにも答えないで、ただ視線だけを向けていると彼氏は慌てて言い訳を始めた。
「お前が俺の友達の彼女と上手く付き合えねぇからこうなるんだろ?別にこれはそんなんじゃねぇよ。」
手ぇ繋いでたくせに。
冷めた目を向けることしかできず、言葉を返すことをしなかったから。
だから、彼は自分が優位だ、自分の主張が通っていると認識したらしい。
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