線香花火の灯し方
年に一度。盆休みに入ると親父の友達家族が集まって、バーベキューをやるのが定番。
大抵、大きな庭のあるイオナの家が会場となることが多い。
今年は新たに小学生連れが数組増えたこともあり、例年とは勝手が違っていた。
日が沈んだ薄明かりの庭の中にあるのは、「むぅ。」と頬を膨らましたイオナの姿。
彼女の視線の先には、花火の残骸が無造作に散らばっており、その隣に青いバケツが転がっている。
エースはさりげなく彼女に歩み寄ると、肩を竦めながら声をかけた。
「そんなむくれるなよ、イオナ。」
「でもこれは酷いってぇ。」
「シャワーなんて浴びてるからだろ。おまけに浴衣ってなんだよ。」
「だって、花火をするときは浴衣を着なきゃ雰囲気でないし…。浴衣着るのにバーベキューの臭いがするのやなんだもん。」
「おうおう。バーベキュー臭くて悪かったな。」
「違うよ?エースくんのことを言ってるんじゃなくてさぁ…。」
いつもなら日が沈みきってから花火を始めるのだけど、小学生の就寝時間に合わせて前倒しとなった。
まだ日も落ちきっていない、明るい状況で花火というのもどうかと思うが…
結果的にはイオナが屋内でゴソゴソやってる間に、全てが終わってしまっていたという訳だ。
「俺だって、お前のこと探してたから出遅れちまったんだぞ。」
「でも、花火に参加したんでしょ?」
「そりゃ、チビたちが一緒にやろう!って騒ぐんだから仕方ねぇだろ。」
「むぅ。」
「むぅってなんだよ。むぅって…。もう俺らも高校生だぞ。もてなす側になった気で諦めろって。」
「そんなのわかってる。でも、楽しみにしてたんだよぅ。」
花火ごときでそこまで落ち込まなくてもと思うが、浴衣の帯の結び目や、綺麗にセットされた髪をみるとそれだけの気合いが伝わってくる。
─あんまかわんねぇな。ほんと。
1年に1度しか顔を逢わせない場合、お互いの成長に驚いたり、戸惑ったりするのが普通だろう。
でもエースは会う度に思うのだ。
イオナは変わっていないと。
確かに身長こそ伸びているが、性格に関しては全く変化がなかった。
同じように年に1度しか会わない従姉妹たちが女の子らしくなっていく一方で、イオナはどこかふにゃりとした幼児っぽさを保っていた。
だからこそ、この歳になっても自然と会話をすることができる。照れや、気恥ずかしさを感じなくて済む。
そうエースは感じていたのだが。
しばらく俯いてなにかを考え込んでいたイオナが、ふいっと半回転し屋内へと戻ろうとしているのに気がつき慌てて引き留める。
「待てよ、イオナ。」
「どうしたの、エースくん。」
キョトンとした表情を浮かべるイオナ。
その表情に思わずドキリとしてしまったエースは、自分に気合いでもいれるかのように深く息を吸い、そして大きく吐き─
「買いに行くぞ、花火。」
彼女を喜ばせることのできる言葉を吐き出した。
○●○●○●○●○
「二人乗りなんて、見つかったら怒られちゃうよ?」
「いいからちゃんと掴まっとけ。」
「はぁーい。」
エースの漕ぐ自転車の荷台。
横座りでそこに座ったイオナの腕が、彼の腰をグッと抱き寄せる。
実際にはただ掴まられているだけなのに、なんとなく照れくさかった。
なにより、そうする必要もないのに、頬や額の一部を背中にくっつけてくるのだからたまらない。
「エースくんバーベキューの香り。」
「だから、悪かった。つってんだろ?」
「うぅーん。髪もバーベキューだよ。」
「嗅ぐなよ…」
どうやら機嫌を持ち直した彼女は終始饒舌で、コンビニに線香花火しかなくても嬉しそうにニコニコしていた。
そんな笑顔をみて、エースは純粋に『あぁ、かわいいな。』と思ってしまったのは言うまでもなく。
○●○●○●○●○●
「浴衣と言えば線香花火だよね?」
「打ち上げじゃねぇの?」
「エースくんがそういうなら、どっちでもいいよ!?」
たった5本の線香花火。
最初の一本に火をつけた時、イオナはそんなことを言いながら微笑んだ。
そんな彼女に見入ってしまっていたことに気がついたエースは、会話にも集中できず、線香花火の維持にも集中できず 早急に火の玉を落としてしまう。
「あぁー。エースくん早い。一発芸しなきゃいけないレベルだよ。」
「…ッ!?」
「うそうそ、冗談だよぅ。」
イオナは動揺しまくるエースのに、ニパッと笑顔を向ける。そんな無邪気さから視線をそらし、新しい線香に火をつけようとした時。
「あっ、落ちちゃった…」
まるでタイミングを図ったかのように、彼女の火の玉も地へと吸い込まれていった。
「じゃあ。次、競争な。」
「え?」
「先に落とした方は、残ってる方のお願いを1つ聞く。どうだ?」
「いいよ!」
それは、さっきからかわれたことへの当て付けでもあり──そして、(こちらが本当の目的なのだが)あることを果たすための賭けでもあった。
二人は同時に蝋燭の火に先端を近づけた。
場所をずらすと、小さな火の玉がパチパチと火花を散らし始める。
儚くも力強いオレンジの玉は、ジリジリと揺れながらも辺りをほんのりと照らし出し…。
「あぁ…。」
イオナが残念そうに声をあげた後、彼女の火の玉がポテリと砂利の上へと落っこちた。
そのすぐ後にエースの火も消え、ほんのわずかの差だったこともありイオナの頬はまたぷっくりと膨れる。
「あぁー。そんなしょげるな。ほら、残りの1本やるから。」
「しょげてないよ。怒ってもないし、拗ねてもないよ?」
「そうは見えないけどな。」
─俺に何をお願いする気だったんだよ。
一瞬そんなツッコミを頭に浮かべながらも、エースは最後の線香花火に火をつけ、ソッとイオナの手に握らせようとして…、
一瞬だけ指先が触れあう。
さっと手を引いてしまった自分の不甲斐なさに赤面していると、パチパチと弾ける球体を見つめながら、彼女は口を開いた。
「エースくんのお願いってなぁに?」
「ん?いや、まぁ…な。」
「言いにくいことなの?」
「そうじゃねぇけど…。その、」
口ごもりながらも去年言えなかった言葉を、二人の繋がりを望む言葉を告げる。
「アドレスを教えてほしい。」
ポテリ。
線香花火が消えた。
火の玉が落ちて消えたのではなく、イオナの手から持ち手ごとスベり落ちていた。
「ダメ…、だったか?」
「うぅん、そうじゃなくて…」
不安げな表情のエースの瞳を見つめ、いつものように無邪気な笑みを浮かべて彼女は笑う。
「私もおんなじこと考えたっ。」
─なんだよ、俺。普通に聞いときゃよかったじゃねぇか。
回りくどいことをしてしまった自分に照れながら、エースはただその笑顔を瞳に焼き付けた。
THE next story is Law.
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