キッドがなんでいるの?
振り向けない。
振り向ける訳がなかった。
急に家飛び出して、バカみたいにアスファルトに座り込んで、さんざん泣いて、不満を垂れ流して…
なんて言えばいい?
どんな顔したらいい?
真っ白な頭に疑問は呑み込まれ、答えはいっこうに吐き出されない。
ただうつ向いていることしかできない自分に、投げ掛けられるのは。
「めちゃくちゃ俺はイラついた。」
いつもよりずっと低い声。
「クソが漏れそうなくらいにイラついてんだがよぉ…。」
向けられたことのない声色と口調に身を固くしていると、ガシリと頭を掴まれた。
「責任取れよ。いい加減…」
いい加減…?
またいつもの言葉の間違いだろうか。とは不思議と思わなかった。
ゆっくりと首を捻ると、しゃがみこんだキッドの顔が真っ正面に現れる。
そして、視線が噛み合ったのは一瞬の事だった。
ドスン。
額に鈍い痛みが走る。反射的に目を閉じ額を押さえていると──ちょっと渇いた、生暖かいものが乱暴に唇に触れた。
そして、それもまた一瞬のことで、あっけに取られているうちにキッドは立ち上がっている。
「花火でもやるか。」
「え?」
「久しぶりに俺が花火をやるっつってんだよ。とっとと買いに行くぞっ」
どことなく投げやりに言葉を放つキッドの表情は、暗くてよく見えない。
だけど…
「ねぇ、今のキスってなに?」
そう聞いてみたらすぐにわかった。
「うるせぇ!お前みたいなブスは俺がもらってやんねぇと、貰い手ねぇだろ!ふざけんな。貰ってやるつってんだから、黙ってついてくりゃいいんだよ。」
いつも以上に捲し立てるように喋る彼の顔はきっと、耳まで真っ赤になってるに違いない。
─数日後。
深夜に身体を揺すられ目を覚ます。
すでに部屋の明かりはつけられていて、そこにはキッドがいた。
彼の肩越しに見える時計は、きっかり3時を指している。
「こんな時間にどうしたの?」
「いいから目ぇ潰れ。」
「え?」
「手をこっちに出して目ぇ潰れ。早くしねぇと、犯すぞ、このブス。」
「ブスはもうやめてよ…。」
どうせならさっきまで寝ていたのだから、こっそり済ましてくれたらいいのに。
そんな不満を抱きながらも言われた通りにしてみると─
ポンッと手のひらに乗せられた小さな包み。
「えっと…、なにこれ?」
「自分の生まれた日ぐらい覚えとけっ!おばさんが3時きっかりだっつーから、わざわざ起きて待ってたつっーのに…」
「そっか。そうだった。」
すっかり忘れていた。
なにせ、あんな形ではあったものの、ずっと片想いしていた相手にコクられ、ファーストキスまで済ませてしまって、まだ数日しか経っていないのだから。
頭の中はそれどころじゃなかった。
「自分の生まれた日くらい覚えてろ。このポンコツ女。」
「ごめん…。これ、開けていい?」
「早く開けろ。俺は眠い。」
この時のキッドは緊張してた。幼馴染みの私がそう思うのだから間違いない。
手のひらくらいの大きさの箱。
リボンをほどいて、包みを開くと─
「この香水…。」
あの日、キッドから漂っていた香水であり、自分がお店で見つけた時は、いい匂いだと思ったけど、高くて買えなかった…
「イオナ、てめぇ、Facebookに何人友達いるんだよ。あれ整理しろ。仲良い奴5人くらいにしとけ。」
「もしかしてあの日逢ってたのって…」
「それ以上言うな、言ったら犯すぞ!?」
そんなこと言ってるクセに、顔は真っ赤なんだからしょうがない。
私は布団を捲って言う。
「どうぞ。ご自由に…」と。
エアコンをつけているのに暑いと思ったのは久しぶりで、同じ布団に寝るのは10年ぶりで。
「ねぇ、キッド?」
「ちょっと黙ってろ。」
「そんなこと言って…、もう30分経ったけど?」
「うるせぇよ。」
こんなに照れて、動揺して、無口になるキッドは初めてみた。
「こないだの花火たのしかったね。」
「おう。」
「またしようね。」
「おう。」
素っ気なく背中を向けるキッドをギュッと抱き締めると、触れた素肌が温かくて、とても心地が良くて。
「くっつくな!ブスのくせして…」
「やだ。あと、ブスって言わないで。」
「俺は、馴れ合う気はねぇからな!」
「それ、馴れ合うとは違うと思うけど」
「黙れブス!」
どんなことを言われたって、一度くっついてしまったら離れたくなくなってしまった。
そして、その日からブスって言葉が照れ隠しなんじゃないかと疑ってしまうくらい、キッドは私に優しくなった。
余談ではあるが
夏期休暇終了後に、
「あんたの幼馴染みって男、Facebookで急に声かけてきてさ。頼まれたから買い物つき合ってやったの。けどさ、厳つい顔してなにあれ。なんであんなあんたの事を可愛い可愛い連呼してんの。バカなの?幼馴染みってそんな感じなわけ?」
などと友人から言われることになるなだなんて、全くもって想像していなかった。
The next story is Shanks.
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