好きになんてなるんじゃなかった。
中学の頃から何度も思ったし、何度も泣いたのに成長しない。
結局、アイツは幼馴染みってだけで私の心に居座り続ける。
気がつけば、泣き疲れて眠っていた。
すでにカーテンの向こうは暗く、時計を確認すると22時を回っていた。
お母さんへのキッドからの伝言はlineで伝えておいたので、大丈夫だろう。
それにしても…
「キッド、帰ってきてんのかな。」
あっちに泊まるなんて連絡がきていたらと思うと、胸がキュッと締め付けられた。
そんな自分の相変わらずな感情に呆れながら、リビングへと向かう。自宅だというのに、情けない事に足が重かった。
『まだ寝てんのかよ、アイツ。』
『ごめんね、先食べてもいいのよ?』
『いや、待っとくわ。』
廊下まで響くキッドとお母さんの会話。
キッチンからダイニングテーブルの距離で会話しているらしい。それぞれの声がやけに大きかった。
リビングのドアノブに手をかける。
付き合っているのか、遊びなのかは知らないけれど、逢っていた相手は女の子。
自分は普通の態度が取れるんだろうか。
一度泣き腫らした瞼は重く、きっとまだ涙腺は緩んでいる。
ちょっとしたことで泣いてしまわないよう自分に気合いをいれ、ドアを押し開けた。
「あらやっと起きたの?」
「うん。」
「キッドくんたら、夕飯食べないで、あなたのこと待っててくれたのよ。」
うふふ。と声を出して笑うお母さんは、いつもの調子。視線をキッチンからテーブルの位置へと向け、そこにいる幼馴染みへと焦点を合わせる。
彼はスマホ片手にボソリと呟く。
「ぐうたらしてるとトドになるぞ。」
「そんなの私の勝手でしょ?キッドに文句を言われる謂れはない。」
「可愛げねぇのな。そんなだからブスなんだろ?性格くらい可愛くしてりゃいいのによ…。」
売り言葉に買い言葉。
食卓を彩るにはふさわしくない、喧嘩越しの数々はグサグサと胸に突き刺さる。
無論、自分が吐き出した言葉にすら傷ついていた。
自分で突き放すようなことを言っておいて、やっぱり、やっぱり…
そこで気がついた。
この部屋を漂う香りが夕飯のメニューのものだけじゃないことに。
それは確かに香水の香り。この前、どこかのお店で嗅いだことがあった、女物の香水。
きっと香りが移ったのだろう。
香りが移るくらいに密着して、香りが移ったことにも気がつかないくらいキッドはその匂いを嗅いでいて。
そこまで考えたところで、涙が溢れ落ちそうになっていた。
「ごめん、コンビニ行ってくる…」
「もう遅いわよ?外は暗いし、明日じゃダメなの?」
「すぐ戻るから…」
なんて自分勝手なんだろ。
身を翻してリビングを飛び出した。
玄関でサンダルを引っ掻け、留め具を遊ばせたまま家を飛び出した。
足を前後させる度、カチャカチャと音をたてるサンダル。
転けそうになりながら、ただひたすらにアスファルトを蹴った。
もう戻りたくない。
家になんて、キッドのいる家になんて…
「戻れないよ…。」
コンビニまでの距離はあと100mくらい。でも、いきなり飛び出してきたため、財布なんて持っていない。
人通りの少ないアスファルトの路上にぺたりと座り込む。
どこかから聴こえる虫の鳴く声が、肌に感じるぬるい空気が、全身から吹き出す汗が…
何もかもがうざったい。
でも何より一番ウザいのは自分。
吹っ切ることも、割りきることも出来ないでいつまでも、ウジウジしている自分がうざったい。
「もう、消えちゃいたいよ…」
頭の中を巡る過去の言葉。
『幼馴染みってだけだつってんだろ。』
『ガキの頃から一緒に居んのに女と思えるわけねぇじゃん。』
『お前らかーちゃんに欲情すんのかよ。』
キッドの声が言葉が頭を巡る。
自分の想いが届かないと知った瞬間のあの胸の苦しさが、今の胸の痛みと重なってよりいっそう深くなる。
涙が止まらない。
もう帰りたくもない。
自分なんて大嫌いだ。
「なんで私たち幼馴染みなのっ!?ただの幼馴染みなんてやだっ!やだよ…。なんで幼馴染みになんてなっちゃったの!?」
アスファルトに拳を叩きつけ、何度も何度も答えなんてないと分かっていながら訊ね続け─。
「俺もお前みたいなのが幼馴染みで、迷惑してんだよ。」
突然の背後からの声に、一瞬で頭が真っ白になった。
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