ブスがブスがも好きのうち
幼馴染みってのは、そりゃあ便利な時もあった。いじめられたら庇って喧嘩してくれるし、おばさんもおじさんも優しいし。
でも、ある程度の月日を重ねると…、正確には思春期を迎えてしまうといろいろとややこしくなってしまうものなのだ。
17歳、夏。
「ねぇ、キッド…。なんであんたは親と一緒に行かなかったのよ。」
勝手に我が家のリビングに横たわる、完全無敵の不良と化した幼馴染み。
両親は父方の実家へと帰省しているというのに、彼は何故かこの町に残り、そして何故か我が家の居候となっている。
「うちでゴロゴロされても困る。夕飯は食べさせてあげるんだから、自分ち帰りなさいよ。」
自分でも口うるさいほうだと理解はしている。それでも…ついいってしまうのだ。
そして、彼は決まってこれを言う。
「うっせぇよ、ブスのくせに…。俺がソファで寝てんだろ?なら、黙ってコーラ持ってこいつっーんだよ…。」
DV夫さながらの横暴さ。
さすがに幼馴染みという免罪符があろうとも、許されてはいけないレベルだと思うのだが。
「相変わらずあなたたちは仲良しね。ほら、イオナ。コーラ注いだから取りに来なさい。」
母親はにこやかにスルーしてみせる。
「ほら、おばさんもあぁ言ってんだろ。持ってこいって。」
「あのさ、おかぁーさん。」
「うっせぇ、叫ぶな、ブス。」
「はぁ?」
「ほら早く。お母さん夕飯の買い出しに行ってくるから。キッドくん何食べたい?」
「飯。」
「飯って…。もう、ほんとキッドくんは相変わらず可笑しい子ね。」
絶対的な無礼者に対して、母親は聖母のように柔らかい笑みを向ける。
さすがにここは怒れよ。
そう何度思ったことか。
結局、キッドの元へとコーラを運び、買い物に出掛ける母親を送り出す。
「仲良く待っててね。1時間もしたら戻ると思うから。」
「なるべく早く戻って来てよ。」
「はいはい、行ってきます。」
ほんとかどうかはわからないが、キッドは初めてのバイト代でお母さんにエコバッグをプレゼントしたらしい。
お母さんはそれをいつも自慢げに提げて買い物に向かうのだけど、なんだかそれが腹立たしい光景だったりする。
なにせ自分にはプレゼント一つ寄越したことないのだ、あのDV予備軍男は…。
母親の背中を見送り、玄関に鍵をかける。
リビングへ戻ると、キッドは誰かと通話しており近寄り難い雰囲気。
高校が別なのでよくわからないが、つるんでる仲間が最悪そうであるということだけは、深夜のバイク音で充分に理解していた。
キッドにばれぬよう、そっと階段を駆け上がり部屋へと籠る。特になにもすることはなかったけれど、顔を合わせば『ブス』を連呼されるのだから、わざわざ顔を合わせているのもバカらしい。
ベッドに仰向けに寝転がり、懐かしいアルバムのページを捲る。幼稚園の頃から始まり、小学生の頃までは町内で知らない人はいない、ちょっとヤンチャな男の子だった。
中学で悪い先輩とつるむようになってからは、警察沙汰になることはなくても、そこそこ親を泣かすような問題だらけで…
「はぁ〜。」
喧嘩ばっかりでも、助けてくれた時のことや、一緒に遊んだ時のことを忘れることはない。
口は悪いけれど実際に手を上げられたことはないし、何よりいつだって私を最優先にしてくれていたし…
そこまで考えて、自分は何を考えているんだろうと思い直す。
いまだに引きずっているのだ。
中学の時のあれこれを。
寝返りを打って、鮮明に蘇るほんの些細な惨劇を封じ込めようとしているところで。
ドンドンドンドンドンドンドンッ
勢いよく叩かれるドア。
部屋が揺れるんじゃないかと思うほど強く激しく叩かれ、仕方なく体を起こす。
部屋の鍵を開けたところで、ドアが勢いよくこちらに向かってくる。ヒョイと身を交わすと、向こうから「チッ」と舌打ちの音が聞こえた。
「チッてなによ。」
「ドアにデコをぶつけて痛がるのは定番だろーが。なんで避けんだよ…。ブスのくせに。」
「ブスは関係ないでしょ?で、部屋までなんの用?」
「ちょっと出てくるわ。おばさんに晩飯までには戻るつっとてくれ。」
そう言いながら、キッドの視線は部屋にある壁掛け時計をとらえていた。
きっと相手を待たせてるんだ。
待たせて気になる相手って…
「─…女?」
「ぁあ?」
「女に逢いにいくの?」
案の定、彼の視線は左右揺れて、鼻の頭を利き手じゃない左手の人差し指の背で擦った。
昔から、幼い頃から変わらない、隠し事をするときの合図。
「なんだっていいだろ。お前に干渉されるほど俺は間抜けじゃねぇよ。」
あまり賢くない彼は、「喧嘩でもするの?」と聞いた時と同じ返しをしてきた。
きっと咄嗟なことで頭が回らず、一番よく使う台詞を口にしたのだろう。
それがわかったから、もうどうでも良かった。
「そうだね。いってらっしゃい。」
自分はただの幼馴染みで、テンプレ通りの言葉しか投げ掛けて貰えない存在。
その現実は古傷を抉るには充分すぎた。
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