充電器と蚊取り線香
カランカランと風鈴が音を立てる。
セミのけたたましい声の中で、唯一の癒しがそれだけだった。
解放された縁側から覗く庭。
趣ある針葉樹や小型の鯉の泳ぐ池の手入れはしっかりと行き届いている。
毎年それを目にする度に、今年も祖父母は元気であるということを印象づけられた。
「ゾロ〜、アイス買ってきて〜」
「ふざけんな。ここからコンビニまで30分もかかんだぞ。」
15畳ほどの仏壇のある部屋で二人はゴロンと身を投げ出している。
両手足を大の字に広げたところでぶつからない距離、視界にも入らない距離をとったところで部屋の広さからすれば充分だ。
イオナはだらしのない胎児のような体勢で、ゾロは自分の両手の平を枕に仰向け。
扇風機の風は気休め程度。
その代わりに昔造りの建造物なだけあって、自然の風がうまい具合に流れ込む。
つまり、冷房器具の一切はここにない。
都会の蒸し暑さほどの不快感はないが、それでも暑いものは暑かった。
冷房があって当たり前の環境で育った二人にとって、風の抜けるこの部屋が一番の避暑地。
ここで、だらけて過ごすのが恒例なのだ。
「昔はさぁ、ことあるごとに「俺に任せろ!」とか言ってくれてたじゃん?」
「それ、ガキの頃の話だろうが…」
「いまだってガキじゃん。」
「はぁ?どこが…」
「そうやってムキになるとことか。」
コロンと転がり、イオナはうつ伏せの姿勢になる。
いぐさの香りがフワッと香り、乱れた髪を手ぐしで整え耳へとかけた。
顔の向きはそのままに視線だけを彼女へと向けていたゾロは、それに習うように上半身を起こす。
二人は畳2畳分の距離を取ったまま向かい合う。
「でもよ、お前のが数段ガキだろ?」
「へ?どこが?」
「俺からかって楽しんでるとこ。ほんっと変わんねぇよな。」
迷惑そうな物言いに反して、表情は明るい。その頃を懐かしむような視線にドキリと胸が跳ねる。
そのせいか、目を合わせていることを気まずく感じた。
「だって、スマホの充電切れちゃって暇なんだもん。」
言い訳っぽく呟いて、視線を縁側へと向けるイオナをよそに、なにも気がつかなかったようにゾロは会話を続ける。
「それもガキっぽいんだよ。ってか、今のうちに充電しとけよ。」
「充電器忘れたんだってば。」
「うわっ、だっせ。」
からかい混じりの挑発。
小さな頃なら、そのまま取っ組み合いの喧嘩なんかを始めたものだけど、今ではそれも昔の話。
「黙れ、芝生頭ぁ。その緑頭の上でゴルフすんぞ。」
暑さからか、覇気の失われた語調で言い返す。こんな口調では無論喧嘩に発展することなどありえない。
「やれるもんならやってみろよ。」
「んじゃ、ゴルフボールを頭に乗せてぇ〜」
「何で打つ気だよ。」
「ほら、それ。」
イオナの指差す先。
そこにあったのは木製の肩叩き。
それを見たゾロはフッと笑う。
「それ、しなるだろ。」
「しなっちゃダメなの?」
「いや、かまわねぇけど…。そんなんじゃ、飛ばなくねーか?」
呟くように放たれた素朴な疑問に、おもわず吹き出しそうになる。
まかさ飛距離を気にしているとは思わなかった。
「ってか、打っていいんだ。」
「どちらにしろボールなんてねぇだろ。」
「あぁ、そういえばそっか。」
脱力した口調で言葉を紡いだイオナは、再びコロンと転げ仰向けになる。
圧迫されていた肩甲骨をほぐすために、小さく伸びをしながらひとつ大きく欠伸をした。
それに合わせて、なんの前置きもなくゾロがのそっと立ち上がる。
「どうしたの?」
寝転がったまま見上げているからか、ゾロがいつもよりずっと大きく見えた。
「俺、親父ら手伝ってくるわ。」
グイっと伸びをするゾロに、見入ってしまっていた自分に気がつき、イオナはフイっと顔を背ける。
「ふーん。めずらし。明日は槍でも降るんじゃないの?」
「うっせぇな。お前も夕飯の手伝いくらいしろよ。」
「やーだね。」
「ったく…。」
ため息混じりに呟いて、ゾロは部屋を後にする。
ふすまを優しく閉める音が妙に寂しく、ひとりぼっちで15畳はどうしたって広かった。
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