Mission's | ナノ

途端に、ふわりと漂うあの煙草の香り。

それを追いかけるようにして肺に流れ込んだ柔軟剤の香り。この柔らかな香りは、取り寄せでないと手に入らないちょっとだけ珍しいもの。以前、サンジに話したことがあったことを思い出す。

この香りが好きだと。

押されるままに一歩後ろに下がると、バタンとドアの閉まる音。その時、すでに視界は遮られていた。視界だけじゃない。身体も正面から拘束されていて、上手く動けない。

ドクンドクンと頬に伝わる鼓動。身体を包み込み込む熱が、全身に四肢の先まで流れ込む。

「サンジさん…?」

抱き締められている。
自分は今、抱き締められているんだ。

状況を理解出来ているようで、出来ていない。

どこか夢見心地のイオナは硬直する。

サンジの大きな手のひらが後ろ頭に添えられる。ギュッとされて、少しだけ息苦しかった。

「ダメだよ。イオナちゃん。」

彼はかすれた声で呟く。弱々しい、いつもの自信に充ち溢れた声じゃない。こんな声は初めて聞いたのに、なんだか彼らしいと思えた。

「こんなにオシャレしてこないでよ。」

弱った声をあげながらも、腕の力をさらに強くする。息苦しいけれどこうしてギュッとされていることが、嬉しかった。

もう離さないとでも言いたげな腕の力。それに答えるかのように、イオナはそっと背中に腕を回してみる。華奢にみえる身体も、こうしてみると案外筋肉質で分厚いんだとわかってしまう。

「どこに行っちゃうの、イオナちゃん。」

「どこって…」

女性を翻弄させる彼はここにはいない。そう思うと、愛しさが込み上げてきた。

頭を押さえていた手がゆっくりと髪を撫で、優しく頬に触れ、タイミングよく身体が離れる。

少しだけ香辛料の香りの漂う綺麗な指先が、スルリと頬を撫で顎を持ち上げた。

「ピンクの頬は誰のため?」

ずっと恋い焦がれた彼の、はじめて見せる悲しげな表情。いつもは満ちている自信が、欠けてしまった瞳に言葉が詰まる。

小さく唾を呑みこむと、親指がそっと唇をなぞった。

「グロスを塗り直して、誰とキスするの?」

「それは…」

そんなつもりはなかった。そう答えればいいだけなのに、言葉がでない。視線を交えたまま黙りこむ。

ただドキドキしていて、胸が苦しくして、わずかに唇から息が漏れる。それを彼は見逃さず、ゆっくりと視線を唇に降ろした。

「俺にくれないかな?この唇。」

ねだるような口調に、ビリビリと電気なようなものが体内を駆け巡った。

(こんな甘えた声も出せるんだ…)

弱った姿も、甘える姿も、この際なんだっていいと思ってしまうほどに、愛しく思える。

もう諦めよう。

この人を諦めることを、諦めよう。

イオナは小さく微笑んだ。

言葉で返事をする代わりに、つま先立って口づけをねだる。彼はすごく嬉しそうに笑ってイオナに唇を寄せる。瞼を閉じたタイミングで二人は重なった。

唇から流れ込むタバコの香りが肺の中にまで刺激を加えて、全身の熱は唇から吐息となって溢れる。

「イオナちゃん、大好き。」

「私も。」

乱れる髪も、首筋にまで降り注ぐ口づけも、すべでを待ち望んでいたかのようにイオナの身体は受け入れた。

○●○●○●○●○●○●○

「食べられちゃった。」

隣で眠る彼のブロンドの髪にそっと触れ、まだ冷めてはいない身体の熱を更に深くする。

客観的やなんやと言っていながら、結局私も被食者のひとりだった。

でも、後悔なんてしてない。

むしろ下半身にわずかに残るだるさは、少しだけばかり心地の良いものだった。

「虎視眈々と狙う…か。」

あの人の言った言葉を思い出し、ひとりフッと小さな笑いを漏らして目蓋を閉じた。





The next story is Kid.→

prev | next