クールダウン直射日光を浴びると溶けるのは、なにも吸血鬼だけではないはずだ。いや、吸血鬼は灰になるのだったろうか。
イオナは手の甲で額の汗を拭う。猛暑が続くのは、地球温暖化のせいであることはわかっている。けれど、暑さを感じるのは何もそれだけのせいじゃない。
コテコテしたアスファルトから放たれる熱気。幻想的で情熱的なカゲロウ。すれ違うサラリーマンの暑苦しいスーツ姿。UV対策に翻弄された黒ずくめのオバサン。
誰も彼もが渋い顔をして、その存在そのものから湿度と熱気が射出されているように思えた。
化粧はどうせ流れてしまうだろうからと、最初からほとんどしていない。髪の毛も適当にアップにしただけでなんてことない。
仕事の出来ない女を自称するイオナは、いつもに増してだらしのない姿で見知らぬ町を彷徨いていた。
少しだけ休憩しようと日陰を探してみる。ついでに自動販売機とベンチがあれば更にいいのだけど。
手のひらを日除けにして、遠くまで見据えてみる。けれど、イオナの視界の範囲にそんな都合のいいものはなかった。
「まじか…」
これだから、慣れない町は嫌いなのだ。カフェ、コンビニ、なんでもいい。避暑地はないのだろうか。とぼとぼと歩きながら、目的地を目指していると、イオナの進行方向から向かってきた一台の車がゆっくりと停車した。
「おい。」
運転手の声に対しても反応が遅れる。すぐにそちらへ視線を向けなかったせいか、その人は軽くクラクションを鳴らしてきた。
「なんですか…」
足を止めるのは嫌だった。もうこれ以上、歩くのを嫌になりたくなかったから。けれど、停止した車の運転手と会話するには、立ち止まる他ない。
イオナは不機嫌そうに車の方へと顔を向け、動揺してしまった。
「ローくん?」
「やっぱりイオナだったか。」
「やっぱりって…」
「こんなデケぇ通りを、あんなに気だるそうに歩くのはお前くらいだ。」
「…………。」
昔、好きだった人。告白できなかった人。少しだけ今も引きずっている人。
そんな特別な人との再開が、まさかこんなだらしのない状態で情けのない格好の時だなんて。いつになく動揺してしまう。
「ドリームジャンボにでもあたったみたいな顔をしているな。いったいどうした?」
「いや、別に…」
車に乗っている彼は、いっさい汗をかいていない。
清潔感を具現化したみたいに爽やかで、そこにいるだけで気温を3度ほど下げることができるのではないかと疑いたくなるほどのクールさだ。
「乗っていくか?」
「でも…」
汗臭いよとはさすがに言えない。でも、この汗の量。車の中で、制汗スプレーを使用する訳にもいかない。困惑していると、ローが助手席側のドアを開いた。
乗るか乗らないか。迷っているうちに、腕をひかれ引きずり込まれてしまう。
「シートベルトはしてくれ。」
逃げられては困るとでも思っているのか、彼はドアを閉めてすぐにアクセルを踏んだ。よく冷やされた車内に入ったおかげで、急速に汗がひいていく。
言われるがままにシートベルトを閉め、運転席をうかがい見ると、彼はどこか楽しげな表情を浮かべていた。
「こっち逆方向なんだけど…。」
「知ってる。」
「だったら…」
「悪いが、送ってやるつもりも、帰すつもりもない。」
「へ?」
いったい何を言われたのだろう。理解するまでに時間がかかりすぎた。ボケッとしている間に、車はラブホテルの駐車場へと滑り込んでしまう。
「ちょ!今日は駄目。汗、かいてる。」
今日じゃなければいいのか。そんな突っ込みをされれば赤面もの。それでも咄嗟に吐き出した言葉は返ってこない。あわあわするイオナをまっすぐ見据え、ローは余裕たっぷりに口を開く。
「お前の汗の匂いは嫌いじゃない。」
「え?」
「昔から、イオナの匂いが好きだった。」
「………。」
いったいこの人は何をいっているのだろう。目を真ん丸くしていると、彼は照れ臭そうに鼻で笑った。
「一度でいいから味わってみたかった。」
顔の距離が詰まる。瞼を閉じると、冷房によく冷やされた彼の唇が額に触れる。
あぁ、つまりはそういうことなのだ。
すべてを察した瞬間に、首筋に冷たい指先が触れる。
「とりあえず、部屋に入ろうよ…」
今が勤務時間であることなんて忘れてしまおう。
日差しよりずっと強い熱を感じで…
end.
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