ロー短編 | ナノ

愛情表現…?

それは悩みというほど大きなものではない。ほんの些細な日常のヒトコマであり、ちょっとした蟠りというか…

「詰めろ…、イオナ。」

朝食を食べている所に、遅れてやってきた船長が低い声で語りかけてくる。

「向こう空いてますけど。」と言葉を返せば、「詰めろと言っているんだ。」と真顔で駄々を捏ねる強情っぷり。

「ここはいっぱいなのであっちに…」

「俺は詰めろと言ったはずだが。」

「あの…」

向かい側に座るベポの隣がガラ空きであるにも関わらず──これである。

ほら。ベポが悲しい顔してる…。

真っ黒な瞳を潤ませて、船長をジッとみつめる彼をみていると、ぜひともここに座ることを諦めてもらいたいものなのだが…。

そうはいかないのがお決まりのパターン。

隣に座っていたクルーが「ここ空けますから。」と食器の乗ったトレーを手に持ち席を立ち、そこを空け渡した。

「おぉ、気が利くな。助かる。」

納得のいったような笑みを口元に浮かべ、充分に温められた椅子に腰を下ろす船長。

なんとも大人げないというか、アホ臭いというか、尊厳に欠ける行動である。

その根元となってしまっている自分としては、申し訳ないやら、みっともないやらで頭を抱えたくなる一心で…。

あからさまに大きく溜め息をつくことで、彼に向けた鬱憤を晴らすことしか出来なかった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

何故か彼は、必ずと言っていいほどイオナの隣に座りたがる。

それは、船の中でも外食の時でも同じ。

ベポがずっと船長のことを待っているのに、ローは平然と彼女を選ぶ。それはイオナの自惚れでもノロケでもなんでもない。客観的な事実である。

そんな船長の行動をなんとかしようと、一度だけちゃんと話し合ったことがあった。

「あの、お言葉ですが船長。」

「なんだ?」

「ベポがいつも船長のために席を空けて待っていることに、お気づきですか?」

「……ん?」

「船長の席をベポが準備してくれているんです。空けておいたり、整理したりして。だから…」

ベポの隣に座ってください。

そう言いたかったのに、言葉を遮られてしまう。

「その手があったか。そうか、そうか…。」

「どの手ですか?」

「イオナ。お前が俺の席を用意すればいい。そうすれば席が空くのを待つ必要がなくなる。」

じっとりとした視線には気がつけない質なのだろう。船長はまるで妙案が浮かんだと言わんばかりのドヤ顔で、一人納得してしまった。

ベポの気持ちは無視なのか。そうなのか。

なんだかいたたまれない。
ベポを思うと胸が痛い。

自分が船長の席の仕度をし、あれやこれやと世話を焼いているところをジッとみつめる切なげなベポの様子が想像でき、何故か頭痛がした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ということで、今日もまた彼はこうして割り込んできた訳で…。


「あの、船長…」

「イオナ、俺は席を空けておけと言ったはずだが。」

「すでに空いてましたので。」

不満げな船長に冷たく返事をしつつ、斜め向かい、ベポの隣にある空席へと視線を向ける。

彼はチラリとそちらをうかがいはしたものの、なにごともなかったかのように食事に手をつけ始めた。

「船長、いただきますは?」

「……、いただいて、…います。」

「子供じゃないんですから。」

「文句が、ある、のか?」

「食べながら喋らないでください。」

「うるせぇ、俺が、ここの、船長…」

「はいはい。そうですね。よーくモグモグしてください。」

口いっぱいに食べ物を頬張るのは悪い癖。すでにだし巻き卵をモグモグしているのに、 そこに白米まで放り込んで、味噌汁をかきこんで…。

どうにも子供っぽいこの食事の仕方は、幼い頃からの習慣なので今さら治せはしないようだ。

頬に食べ物の詰まった横顔を眺めていると、なんとなく愛くるしく思えてくるのだが、きっとそれは故郷に残してきた幼い弟と姿をダブらせているからだろう。

ちょっと疲れてんのかな。

小さく溜め息をついて、半分ほど食べ進めていた食事へと目を向ける。さて、どれから手をつけようかと思ったところでカランッと床に物が落ちる音。

物音がした方へと視線を向けると、ローが下に落ちた1本の箸をジッと見つめていた。

右手には片割れが握られたままになっているため、彼が落っことしたのは間違いないようだ。

船長の視線は、落ちた箸から手元の箸へ、一拍の間を置いて私へと向けられた。

「……………。」

無言。ひとまずの無言。
嫌な空気が流れるその中で、バツが悪そうに視線を揺らしたその後、彼はまた床に目を向けて一言。

「手元が狂った…」

まるで言い訳でもするように呟く。

怒られるとでも思ったのだろうか。

なんだかちょっとかわいい。

母性本能をダイレクトに刺激され口元が綻びそうになるが、ここで笑うと誤解が生まれてしまいかねないのでなんとか耐える。

「拾ったらどうですか?」

「うむ…。」

顎に手を当てて考える仕草。

なんで素直に拾わないんだろう。もしや、拾って欲しかったのか?甘えているのか?

いろいろと考えてはみるが、どれも正解ではなかったようだ。

船長の視線は自身の手元に残る箸へと動き、そのまま私の握る箸へと向けられた。

そして──

「これを借りることにする。」

なんの躊躇いもなく、イオナの手から奪われる1揃いの箸。代わりに差し込まれた1本の箸は、当たり前だがなんだか頼りない。

「どういうことですか?」

「イオナならこんなワガママも許してくれると、俺の有能な脳細胞が告げている。」

「どこが有能なんですか、それ。」

握力で箸が折れそうだよ、ロー船長。

あなたのせいで、揃っていたはずの一揃いの箸がバラバラの運命をたどろうと。

視線で訴えるが彼は全くもって気にならないのか、私の使っていた箸を一度口に運んでから食事を始めた。

舐め箸とかマナー悪いな、ほんと。

この状況でそれを考えるのはどうかと思うが、純粋に自分の慕うべき船長がどこかで恥をかくのではと不安にさえなってくる。

「船長、あの…」

「早く、食え。イオナ。箸、なら、いくら、でも、予備が…」

「船長、モグモグしながら話さない。」

「…………。」

ピシャリと言いきると、ローは不貞腐れた顔をしてフイッと顔を背けた。

もう、ほんとに…

溜め息じゃ足りないくらい、吐き出したいものがある。

疲労感を噛み締めながら相方のいない箸へと視線を向けると、船長とは反対隣に座っていたクルーがヒョイと一揃いの箸を手渡してきた。

「俺のヤツっすけど、もう食べ終わったんで。よかったらどうぞ。」

「あぁ、うん。ありがとう。」

安易な発想だったのだろうか。

取りに行くのもめんどくさかったために、簡単にお礼をいい、それを受け取ろうとした途端にロー船長は声を荒げる。

「やめろ、このビッチが!!!」

「「は?」」

隣にいたクルーと私の声が揃う。このタイミングでビッチとはなんぞや。

困惑を訴える視線を船長に向けると、彼は苛立った様子でクルーの箸を取り上げ放り投げた。

「なにするんですか?」

「イオナ。俺はお前に幻滅した。」

「は?」

「誰とでも間接キスが出来るような、アバズレ女だとは思っていなかった。」

「……アバズレ?」

「クソ。俺以外の奴の隣で平気で食事が出来る時点で、淫乱売女だと悟っておくべきだったんだ…」

「一体なにをおっしゃってるんでしょうか…、ロー船長。」

「うるせぇ、俺はもうお前には騙されん!人の心を弄びやがって、このクソアマァー!」

バタンッ。

椅子を蹴飛ばしてその場を後にする船長の背中をポカンとみつめる、食堂に居たクルーたち。あんな風に取り乱す彼をみたのは、ここにいる全ての人間が初めてだった。

「えぇっと、これは…」

イオナは船長と付き合いの長いクルーへと目を向けるが、彼らも同様に困った表情で首を傾ける。

唯一、ベポのみが、彼の出ていったドアをジッと見つめていた。

さて。

この騒動は一体なんだったのか。

それは船長のみぞ知る。といったところだろうか。

この日から、ローはイオナの隣に座ることがなくなった。

そして、そうなったらそうなったで寂しく感じて、つい隣の席を開けておいてしまうのは、なんでだろう…



END

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