ロー短編 | ナノ

ツンデレ

食堂にて。

「船長っ、誕生日、おめでとうございます!」

「あぁ。」

「今年もいい一日になるといいですね!」

「あぁ。」

「毎年祝ってるのに、全然年取らないですよね。あ、いい意味でですよ!?」

「そうか…」

テンションの高いクルーたちを、ローは渋い顔であしらう。返事をする際の声のトーンはどうにも嬉しそうではなく、どちらかと言えばうんざりしているようにすら見えた。

それでも彼らが積極的に声をかけるのは、苦々しげな態度が照れ隠しであると理解しているから。

普段から冷めた態度を取っているローではあるけれど、祝い事には人並みに関心があるし、祝われると喜ぶ。

長い付き合いのなかでそれを十分に理解していた。

のだが。

「27にもなって、なにがハッピーバースディよ。気持ち悪っ!」

「気持ち悪いって…。言い過ぎだよ、イオナちゃん。」

朗らかな雰囲気をぶち壊したのは、ローと同じく渋面を浮かべたイオナだった。

「いい歳して誕生日にワクワクするなんて。ちょっと頭が弱いんじゃないの?」

「おい…「気にするな。」

イオナを咎めようとしたジャンパールの言葉に、ローが声を被せる。その表情は相変わらず苦々しげであり、感情が読めない。

彼は何か言いたげに口をモゴモゴさせるジャンパールから、腕を身体の前で組んでフンッと鼻を鳴らすイオナへと目を向ける。

「イオナ。俺は誕生日だからといって浮かれてはいねェ。そこを勘違いするな。」

「…さて。どうだかね。」

イオナは相変わらずの可愛いげのない態度を一貫する。それに対して、ローが腹を立てることがないのは、これが日常的なことであるからなのかもしれない。

「俺の言葉が信用できねェならそれでいい。」

ローはまるで何かを思い出したかのように、フッと口元を綻ばせる。何故このタイミングでそのような表情をするのか。

皮肉の混ざらない笑みにクルーたちは困惑し、イオナはフンッと鼻を鳴らして顔をそっぽに向けた。
………………………………………………………………………

ローの部屋。

「ほんとにいいんですか?」

「なにがだ?」

「イオナちゃんですよ。」

眉間に眉を寄せ、それでなくても無愛想な顔をさらに険しくしたローにたいして、シャチは肩をすくめる。

記憶喪失の少女を拾って約一年。最初は礼儀正しい可愛いげのある女の子だった。

けれど、船での生活が長引くに連れて、次第にそのたわやかさはなりを潜め、気がつけば刺々しいことばかりを口にする皮肉屋になってしまっていた。

ここのところ、より一層ひどくなってきたその態度は、大目にみれる範囲を越えてきている。イオナの放漫さに寛大だったベポすらも最近はそう感じていた。

ただ、全員が全員で彼女を咎める訳にもいかず、基本的にはシャチやペンギン、ジャンパールがなんとなくその場を濁す役をかって出ていた。

「イオナにもイオナの考えがあってのことだろう。どうしても注意してェってんなら、俺の判断はあおるな。」

「でも…ッ、は、はい。」

食い下がろうとしたシャチだったが、ローの一瞥を受け、納得せざるを得なくなる。この船の中で、彼に一瞥されて平気なのはイオナくらいのものだ。

さて、どうしたものか。シャチがそう思ったタイミングで、コンコンとドアをノックする音。

ローは唇に人差し指を当て、静かにするようにとシャチに合図する。その意図が読めないままに無言でうなずいたシャチは、ソッと物陰に身を潜めた。

「入れ。」

ローが低い声でドアの外に声をかけると、返事もなくそれは押し開かれた。

「イオナか。なんのようだ?」

「別に─」

「用事もないのにわざわざ俺の部屋にくるのか?」

「…………。」

挑発めいた台詞に腹を立てたのか、イオナは鋭い視線をローにぶつける。それは決して可愛いげのない表情だったのだが、何故かローは口元を綻ばせた。

「用事がないなら出ていけ。俺は今、忙し…ん?」

素っ気なく突き放すようなことを言うローに向かって、イオナはズカズカと歩みよる。相変わらずの不貞腐れた顔に、その目付きは不満げなままで。

イオナが立ち止まったのは、ローの正面。あと一歩近づけば、身体がぶつかってしまう距離。ローは言葉を止め、わざとらしく眉を潜めた。

対するイオナはローの顔をみようとはしない。胸板の辺りをずっと睨み付けている。「どうかしたのか」とローが訊ねると、彼女は苦々しげな表情を浮かべ──

「これ…」

ズンッと腕を突き出し、ローのあばらを拳で殴る。その手にはシンプルな紙袋が握られていた。またもやわざとらしくローが怪訝な顔をすると、その表情をみてもいないのに、イオナはボソボソと告げる。

「ついでに買っておいただけだから。」と。

期待通りだったのか。それとも予想外だったのか。ローは純粋に嬉しそうな顔をした。

差し出された紙袋を受け取りもせず、「へぇ」とだけ口にした彼の表情を、チラチラとうかがい見たイオナはそのほがらかさに狼狽する。

「な、なによ…。」

あいかわらずのムスッと顔ではあるものの、客観的にみると、なんとなく照れているようにも見えた。そこにいないことになっているシャチは、予想外の展開に目を丸くする。

ローはそんなシャチの隠れている方へと目配せしたのち、イオナに訊ねた。

「素直におめでとうとは言えないのか?」 と。

みるみるうちに顔を赤くするイオナ。もう睨み付ける勇気もないのか、さんざん視線を泳がせると、プンッと顔を背ける。

「─ッ、腕が疲れた。早く受け取って。」

「………クスッ。感謝する。」

ローはイオナがさらに突き出した手から紙袋を受けとると、今度は顔ごとシャチの方へと向き直った。そして─

「こういうことだ。」

「なに言って…って、えぇ!?」

「ご、ごめん。」

イオナはローの視線を追いかけ、そこからひょこっと顔をしたシャチを前に口をあんぐり開ける。

「別に、俺は覗き見する気はなくて。」

「な、なら、なんで…」

「ドアの前でシャチとすれ違ったら、イオナは逃げそうだったからな。いないフリをしてもらうことにした。」

「………ッ!」

申し訳なさそうにするシャチと、悪びれる様子もなく、淡々と語るロー。イオナの顔はほっぺたどころか、額まで真っ赤になった。

「さ、最低。」

「そうでもない。」

「な、なによ。おっさんのくせに…」

「まだ20代だが?」

「も、もういい!二人ともシネッ!」

「え?俺も!?」

それでもなんとか抵抗しようと、羞恥心でワナワナしながら悪態をついてみたイオナだったが、いちいち論破されて嫌になったのか、捨て台詞を吐いて部屋を飛びだしてしまう。

バタンとドアが閉まったところで、ローはシャチへと向き直った。

「イオナを咎めなくていい理由がわかったか?」

「…え?あっ…。はっ、はい!」

衝撃的とも思える出来事の後、話が戻ったことに咄嗟に反応できないシャチだったが──

「俺とイオナは似ているんだ。」

その後、ボソボソと続けられたローの台詞は聞き逃さなかった。

END

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