甘えん坊『ムギュウッ』
そんな効果音が聞こえてきそうなほどに強く抱き締められたイオナは、またかといった顔をする。 ちょうど胸の位置に沈んだ頭を撫でると、芯のある黒髪がチクチクと指に刺さった。
ここはイオナの自室。
ローの部屋と隣り合った造りであり、一度廊下に出なくても行き来できるようにドアが設置されている。
きっとこっそりと部屋に入ってきたのだろう。
ソファで読書を楽しんでいたイオナの膝を割ったローは、それが当然であるとでもいうように細身の身体をそこへ押し込む。
そして、その場で膝立ちになると、イオナの腰に腕を回してギュウとしがみつくのだ。
当然のことながら、この体勢になるまで無言。
気落ちしているのかもしれないし、ただ、甘えたいだけなのかもしれない。されるがままのイオナには、詳細はわからない。
自分より30p以上も背の高い彼が、ソファの前で膝立ちなって谷間に顔を埋めてくる。まるで、幼い子が母にすがって甘える時のように。
彼らしくないと言えばそれまでの、ムギュウの感覚をしばらく受け入れたイオナは諭すように言う。
「もうわかったよ、ロー。」
「なにがわかったんだ?」
「ちょっと、苦しいから。」
「………。」
わずかに腕の力が緩くなる。それでもまだ、腰の辺りはギュッと締め付けられている状態。彼は今どんな表情をしているのだろうかと思う。
けれど、いちいち詮索したりはしない。
「ロー。明日の予定は?」
「……特にない。」
「なら、散歩にでも出ようよ。」
「……イオナが行くのなら。」
何度も何度も頭を撫でながら提案すると、ローは渋々といった調子で同意する。その嫌そうな口ぶりがあんまりで、イオナはおもわず吹き出してしまった。
「なにがおかしいんだ。」
「だって、素直じゃないから。」
「………。」
「本当は嬉しいクセに。」
「うるせぇ…。」
ムギュウ。腰の締め付けが強くなる。それが肯定の意味であると知っているだけに、イオナはさらに頬を緩めた。
「口下手さんだね。」
「放っておけ。」
「ほんとに放っておいてもいいの?」
「………。」
ローは不満げに黙り込む。それと同時に、胸板に当たっていた額の押し付けが、強くなった。それは否定を意味している。
イオナは更に丁寧にローの頭を撫で、柔らかな語調で言い聞かせる。
「大丈夫。冗談だから。」
「………。」
「ローが私を必要としてくれるように、私だってローが居てくれなきゃ嫌なんだよ?」
せっかく良い声をしているのに、あまり喋りたがらない恋人。
付き合い始めた頃はまだぎこちないリードや気遣いもあったけれど、今となってはこんな風なスキンシップばかりがメインとなってしまっている。
一方的に抱きすがられるばかりの蜜月の時に、満足できているかと言われれば嘘になる。けれど、こうして過ごしていると不思議と充足感が生まれるためにやめてほしいとも言い出せない。
このスキンシップになんの意味があるのかと問いかけたこともあったが、彼は今一つ答えを持ち合わせていないようだった。
「イオナ…」
「なぁに?」
「いや、なんでもねェ…」
いつまでも谷間に顔を埋めたままのローの頭を、イオナは丁寧に優しく撫で続ける。
時々なにか言いたそうにする彼が、言いたい台詞を口に出来るまで。
こうして、穏やかな時間が過ぎていく。
END
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