ロー短編 | ナノ

エノコログサ(V)

イオナの部屋。

アイボリーカラーの布切れに、パステルカラーのもふもふが散りばめられたそれを、高く掲げる厳つい男が一人。

「ちょっと、ジャンパール!違う。そーじゃなくて…」

「ん?こっちか?」

「違う。そっち。だから、そこ違うってば。」

怒っているような口調でありながら、どこか甘さの残る声でイオナはジャンパールに指示を出す。

言われていることがピン来ず、あたふたする彼の頬はわずかに赤い。フェミニンな雑貨と女の子の匂いのせいで、集中力は散漫だった。

「もう。ジャンパールのぶきっちょ。」

腕組みして眉をよせ、不貞腐れたような顔をするイオナ。そのポーズが船長の真似であることを知っているジャンパールは反応に困るが、彼女は気にかけることもなく口調まで真似し始めた。

「ダメだ。勉強し直せ、ジャンパール。」

「勉強って言われてもな…。」

カーテンをレールに引っかけるのが上手くなる勉強などあるのだろうか。ジャンパールは首を傾げるが、ローの真似を継続中のイオナは「なんだ?」と眉を潜める。

「やめとけよ、それ。」

「なんの話だ?」

「船長の真似。」

声のトーンを抑え、深刻そうな顔をする彼女を前に、ジャンパールは困り顔をするしかない。

もし真似をされている張本人がこれを見たとしても、まず怒ることはないだろう。むしろ、頬を緩めそうだ。

部下としてはキッチリしてほしいところなのだが、船長がデレている以上どうしようもなかった。

彼は結局レールにはめることの出来なかったカーテンをクルクルと丸め、イオナに手渡す。彼女は素直に素直にそれを受け取ると、ジャンパールのもの言いたげな顔を覗き込み、小首を傾げる。

「なんでそんな微妙な顔するの?」

「いや、なんでも…」

「へんなの。」

人懐っこい彼女の笑顔は、異性への免疫が少ないジャンパールには毒だった。慌てて顔を逸らし、出口へと足を運ぶ。

「どうしたの?」

「器用なヤツに頼んでくれ。」

不思議そうに小首を傾げるイオナの方を振り返ることなく、大きな身体をしぼめたジャンパールは静かに部屋をでた。

「なんだかなぁ…」

部屋から漏れ聞こえてくる彼女の声に、さらに肩を落とすジャンパール。そんな彼をコッソリと見つめていたのはローだった。

「イオナの部屋で何をしていた?」

唐突に声をかけられあたふたする部下を前に、空気も読まないで彼は苛立ちを露見する。もう勘弁してくださいとでも言いたげな表情で、ジャンパールは降参のポーズを取った。

「イオナちゃんが部屋の模様替えやってて、手伝ってほしいって言われたんですけど…」

「ほう。」

相づち自体はいつものものと変わらないのに、放つオーラが尋常じゃないほど殺気立っている。

どうして手伝ってくれと言われた時点で断らなかったのだろうかと、自身の行動を後悔したジャンパールを救うのは、ドアの開く音と…

「あ!ちょうどいいところに船長が!」

イオナの明るい声。

「ちょうどいいところに」という言葉選びはさすがに失礼だと、叱責しようかと思った彼だったがその声は救世主に他ならない。

ジャンパールはグッと堪える。

「船長!ジャンパールが…」

「なんだ?」

「カーテンもつけれないんですよ?見損なっちゃいますよね。もう。」

プクッと頬を膨らましているわりには怒っている風でもない彼女の話に、ローは口元をヒクヒクさせながら耳を傾けている。

今にも微笑んでしまいそうだが、そのだらしのない表情を部下には見せたくないということなのだろう。

「船長はできますよね?カーテン!」

「あぁ、余裕だ。」

「じゃあ、お願いします!」

ちょっとだけ得意気に答えたローをさらに調子付けるように、イオナが黄色い声をわずかに高くする。

本人たちはそんな気なしにやっているのだろうが、これはれっきとしたイチャイチャだ。見せつけられる方の身にもなってほしい。

ちょこちょこと歩み寄ってきった彼女に腕を引かれ、さっきジャンパールが不器用認定された部屋へと消える船長。

笑ってはいないものの、ひどく嬉しそうだった。

「これじゃあ俺はこれで…」

気遣うように頭を下げる部下など、もう目には入らないほどだ。

ただ、彼を部屋へと引き込んだイオナが、ドアを閉める直前「巻き込んでごめんね!」と唇を動かし、眉を潜めた姿が印象的だった。




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