喧嘩するほどなんたら大学生になった年のとある日。
進学先がバラバラになり、出会うことの少なくなったお向かいに住む幼馴染みと、バッタリ家の前で出くわした。
その時、私の口から溢れた第一声は、簡単な挨拶や、親しみを込めた皮肉なんかじゃなく──。
「そのほっぺどーしたの?」
──単純な感想だった。
「どうしたもなにも、引っ叩かれなけりゃここまで腫れねぇだろ。」
「だーから、なんで引っ叩かれたの?って聞いてんの。」
コンビニにでも行こうと思っていたところだったためにスウェットのパンツにパーカーというラフな格好の私と、大学帰りなのかキッチリとしたジャケットに細身のジーンズを合わせたトラファルガーさん。
対峙にするには不釣り合いだが、そんなことを気にするような間柄ではない。
そこを気にするくらいなら、彼が頭に乗せているフワッとした白い帽子について疑問を感じているところだろう。
っていうか、どこに売ってんだ?
あんな帽子…
デザインとしてはかわいいが、些か服装とはミスマッチのような。いや、でもカチッと感を崩していると言えばそうなのかもしれない。
いや、そんなことはどうでもいい。
どう考えたって今は引っ叩かれたことについて、話を聞いてあげなくては。
幼い頃からあれやこれやと世話を焼いてきただけに、放っておくという選択肢を持ち合わせていなかった。
「俺は思ったことを口にしただけだ。なんで叩かれたのかはわからねぇ。」
真っ赤な頬をスリスリと撫でながら、不貞腐れた顔をするローの空いてる方の手を掴む。
「とりあえず家に来なよ。話聞くから…」
この手のトラブルの際─ほとんどの場面で─この幼馴染みに原因があることを私は知っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「相変わらずガラにもねぇ女女した部屋だな。」
部屋に入るなり、ローはそうボヤいてピンク色の背もたれのデスクチェアに腰かける。
小学生の頃から大まかな家具は買い替えていないので、親の作り出した『女の子らしい部屋』から抜け出せていないのは事実。
ただそれを"ガラにない"だの、"女女した"だの言われるのはムッとするところ。
それでも彼が無意識に無神経なことを口走ってしまう『残念体質』であることを知っているため、そこまで過剰反応しなくて済んだ。
「ごめんね。それより、これ飲む?」
リビングから適当に調達してきた飲み物を手渡すと、彼はお礼もなしに受け取り、とっとと飲み始める。
いつの間にやら脱がれた帽子が学習机に放置されており、クシュッと潰れた黒髪がその容姿を幼く見せていた。
ベッドに腰を下ろし、しばらく様子をうかがっていたけれど、彼の方から話す気はないようなのでこちらから話題を振ってみる。
「それで、なんでビンタされたの?」
「俺は悪くねぇ。」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。客観的に聞いててあげるから話してみなさいよ。」
「……。」
飲み物の入ったグラスを弄びながら、眉間にシワを寄せ、訝しむ表情を見せるロー。
どうにも"自分が悪い"という自覚は多少あるらしい。私がビンタした側の味方になることを警戒しているようだ
「心配しなくても、ローを責めたりしないから。ほら話してごらんって。」
ついつい漏れるお母さん口調。
互いに成長して、身長だってローの方が大きくなっているというのに、まだまだこの感じは抜けてくれないらしかった。
しばらくはグラスの口を親指でなぞったり、視線を泳がせたりしていた彼だったのだが──。
「わかった。」と小さく返事をした後、一息ついて話しはじめた。
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