ロー短編 | ナノ

ナチュラルに恋をする

ここはローの部屋。

せっかく幼馴染みの私が遊びにきてあげてるというのに、彼は学習机に向かい合って医学書を読み耽っている。

声をかければ反応はあるが、向こうから話しかけてくることはまずない。

だからと言って嫌がられているようでもないので、わざとどうでもいいことを話しかけてやる。

「ローってさ、ちっちゃい頃からサンタのこと信じてなかったよね。」

全く季節感のない、なんの脈絡もない問いかけに、彼は顔をあげもしないで「当たり前だ。」と短く答えた。

幼稚園の頃から冷めていて、とにかく無愛想な奴。

いつも難しい顔をしながら同級生を眺めていて、どんな相手だろうと距離を置いていて、悪い顔をしてるときはなにか企んでいるみたいで。

それでも私にとっては、不思議ととっても居心地の良い存在だった。

「幼稚園児なら普通は好きだよ、サンタさん。」

何気なく私が放った言葉に、「ふさげるな」と言い放ち、あからさまに不機嫌な顔をこちらに向けたローは言葉を続ける。

「不法侵入した上、児童を買収しようなんて発想がまずありえん。それをあのうるさいPTAや人権屋が容認しているなんて、普通に考えておかしいだろう。サンタクロースの伝承は鼻ッからファンタジーの類いでしかない。」

なんて冷めたヤツだろう。
幼稚園児の頃からこれなのだから、本当にどうかしているんじゃないかと思う。小学、中学時代のクラスでは浮くなんてもんじゃなく、ある種の神扱い。触らぬ神になんちゃらと言われ、不気味がられていた。

物好きな奴らがつるんでくれるようになったのは、高校時代からで、それでも本人があまり馴れ合いたがらないため距離感があったのは否めない。

そして、医大に入学してからはその独創性に拍車がかかった。

優等生としての一面と、誰も寄せ付けない冷淡無情な一面。さらりと酷なことを言ったと思えば、気まぐれで親切を振る舞う姿は本物の神のよう。

恨まれていたり、慕われていたり。

そんな評価を気にしない彼だからこそ、このキャラのまま大人になれたのかもしれない。

「ローって、ほんと変わんないね。」

「貶しているのか?」

「んなわけないじゃん。」

彼はすでに医学書に視線を戻している。こちらから見えるのは無愛想な横顔だけ。

でも、それでいい。

幼い頃からみてきたこの横顔が好きだから。

誰も寄せ付けようとしない性格が、そのまま投影されたようなこの無愛想な表情が大好きだから。

でも、どうせこんな気持ちを伝えたところで、鼻で笑われ、適当にあしらわれてしまうだろう。

そう思うから今まで何も言わないで、ずっと一人の友人として、幼馴染みとして過ごしてきた。

この関係性に満足しているかと言われれば微妙だけれど、不思議と不満はない。この人に恋人でもできた日には、やけ酒を煽る結果となりそうだけど、その時はその時だと割り切っている。

医学書に書き込まれた内容をメモし始めた、ロー。ペンだこのない綺麗な手をしているくせに、人一倍勉強熱心な彼はペンの持ち方もやっぱり綺麗だ。

綺麗なペンの持ち方をすれば、ペンだこができないということなのだろうか。

そんなどうでもいいことを考えていたところで、聞かなくてはと思っていたことを思い出した。

「そういえば、そっちの学部にいるヴェルゴさんってわかる?いくつか上の先輩なんだけど… 」

「…、なんだ?藪から棒に…」

返事の前に微妙な間を感じた気がした。それでもあからさまに嫌な顔をした訳ではないので、話を進めることにする。

「どんな人なのかなって。」

「どうして気になるんだ?」

珍しく彼が話しに食いついてくる。それがなんだか不自然で、おもしろかった。彼がこちらを向いたタイミングで「付き合ってくれって言われたんだ。」と答えると、ローの表情が一瞬鋭くなった。

「どうかしたの…?」

おずおずと訊ねるけれど答えはない。

図書館で知り合ったヴェルゴさんとは、何度かカフェで映画の話や、電化製品の話で盛り上がった。

今まで接したきたイメージや、友人関係を覗いても悪いとこは見当たらず、私の友人たちは口を揃えて優良物件と言っている。

彼氏にするなら早いうちにと言われていたタイミングで告白されたのだけど、気が乗らなかった。いつかは諦めなくてはならないと解っていても、今好きなのは間違いなくこの鈍感幼馴染みだ。そう簡単に気持ちを切り替えるなんて無理だろう。

そこで出てきたのが「ローに聞いてみる大作戦」だった。

私にとって一番身近な存在であるローにヴェルゴさんをどう思うか聞いてみる。その後、ローがどんな事を言い、どんな反応を見せるかによって行動を考える作戦だったのだけど…

どうやら失敗だったみたいだ。

さりげなく彼の表情をうかがうと、コメカミが小刻みに動いている。

これは彼が怒っているのを隠している時、無意識にやっている行動で、要注意しなくてはいけないという合図でもあった。

でもなんで怒っている?

二人の間にいざこざがあったのかもしれないが、ヴェルゴさんからローの名前を聞いたことはない。逆にローのからヴェルゴさんの名を聞いたことももちろんなかった。

一言目には、彼氏でも作れ。二言目には、俺にまとわりつくな。と常日頃から言っていたローのことだから、告白されたことを怒っているとは思えない。

彼らしくない態度を不思議に思っていると、医学書を本棚に戻したローは言う。

「やめておけ。お前を扱えるほど器用な奴ではない。」

「そう。ならいいや。」

「イオナはアイツが好きなのか?」

「別に。」

「なら、鼻っから断ればいいものを…」

そうです。そうなんですよ。そう思いはするんだけどね、と彼の意見に心の中で同意する。

それでも、このままローを好きな気持ちを捨てられず、恋愛事の何もかもを経験しないまま、おばさんになってしまうのではないかという不安が拭えなかった。

せめてローが太鼓判を押してくれるような人と付き合えればと思い、返事を先伸ばしにして確認を取りにきたのだけど…

もしかすると、彼が怒ったような仕草を見せた理由は、恋愛話のような戯れ言は、ほんの1ミクロンも聞かされたくないということだったのかもしれない。

思い起こしてみればローから恋愛相談なんてされたことはないし、誰が誰とくっついた。なんて話に乗っている姿もみたことがなかった。

「ごめんね。嫌な話聞かせて。」

この話はここでおしまい。そういうつもりで謝ったのに、何故だか彼はそれを鼻で笑った。なにか言いたそうに、ペンを指先で弄びながら。

一体何を考えているのかわからない。

いつもなら対して腹の立たないその態度が妙に勘に触って、彼に背を向け布団に潜り込む。

「俺の布団で寝るな。」

「うるさい!」

世界で一番安心できる、居心地のいいベッドの中から言い返し、当て付けるように瞳を閉じた。

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